1996年11月18日月曜日

インフレを考える

1996.11.18

FRBの金融政策に関連してかなり突っ込んだ議論が繰り広げられている。アメリカの景気を過熱気味と見るのかどうか、われわれが使っている経済指標は信頼できる指標なのかにまで踏み込んで議論されている。以下、その議論の内容と政策インプリケーションを説明する。
1. 成長重視/金融緩和論者

消費者物価指数は実際の水準より高めに出ている(実際のインフレ率は統計数字より低い)、また、生産性上昇率は実際の上昇率より低めに出ている(実際の生産性の上昇率は統計数字より高い)。よって現実のアメリカ経済の供給力(潜在成長率 )は考えられている以上に高い水準にあり、インフレの危険性は見かけよりも少ない、との主張である 。

この主張は、FRBは金融緩和を行い、もっと高めの実質経済成長率を目指すべきである、それをやってもインフレにはならないとの議論につながってくる。FRBのグリーンスパン議長もこれに似た考え方を持っており 、結局FRBは、金利の引き上げ、金融引き締めは必要ないとの判断になった。

統計が実態と乖離しはじめた理由は、1)製品やサービスの質の改善が物価統計に十分反映されないこと(コンピュータの価格の例 )、2)低価格品(ディスカウント店)への消費者の好みのシフトを物価統計が捉えきれない部分があること(西友物価指数の例 )などとされている。

大きな背景には、経済のグローバル化があるとされる。安い輸入品が幾らでも入ってくること、安い輸入品との競争で国内生産物の値上げがやりにくいことなど。また従来、製造業の設備稼働率が80%を超えるとインフレの危険性があると言われたが、経済のグローバル化に伴い、単なる一国ベースの設備稼働率は意味が無くなってきていることも事実である 。「インフレは死火山となった 」という極端な主張もある。

2. この議論の問題点の指摘

この議論に対してはいろいろ反論が出されており、なかでもポール・クルーグマンが繰り広げたエコノミスト誌の論文 が注目される。

すなわち、確かに物価の測定は難しく、実際の水準より高めに出ていることがあるかも知れない(実際にどの程度高めに出るのかは別にして)。そのため実質生産性の推計も実際よりも低めに出ているかも知れない。(名目のアウトプットを物価水準でデフレート(割り算)して実質生産性上昇率を計算するから)その結果、潜在成長率も従来考えられていた以上に高いかも知れない(言われている数字「2.5%」以上であるのかも知れない)。

しかし、もし現在の物価統計が高めに出ているのであれば、現在の実質経済成長率も実際より低めに評価推計されていることになる。(名目の成長率を物価水準でデフレートしたのが実質成長率であるので、物価がもっと低いというのであれば現在の成長率はもっと高いはず)すなわち成長重視論者が主張する「高めの成長率」は“現時点で既に”実現していることになるとの主張である。

また物価水準にしても、たしかに「質」が問題であるが、現実に質の向上、安物へのシフトを具体的にどう反映させるのかは難しい問題である。「安物」はやはり「安物」であり、安物へのシフトは消費者がこれで辛抱させられているということでもある。「質」の向上も生産者の立場に立った主張であることが多く、消費者に本当にそれが評価されているかどうかは別問題であると思われる。

グローバル化の問題だが、輸入がGDPに占める割合は13%にしか過ぎない。付加価値の60%以上 、雇用の75% が非貿易財(サービス、政府業務、建設)で生み出されている。現実に、米国にとっての最大の貿易相手国である日本の93年から95年にかけての大きな円高にも拘わらず、米国の物価水準は上昇しなかった 。グローバル化は言われているほど国内物価に影響を与えない。(日本の内外価格差も解消しない)

3. 物価安定至上主義(ゼロ・インフレ論)について

各国の中央銀行はインフレは「絶対の悪」との考え方を「建て前」としている。インフレは自由経済で一番重要である市場の価格メカニズムを破壊する。インフレの中では企業は市場からの価格のシグナルを探知することが難しくなり、経済の価格メカニズムが正常に機能しなくなる。また供給面を捉えても企業の前向きの技術革新や生産性向上による小さな利幅上昇がインフレの中で埋没することで企業努力を無意味なものにすることになると主張する 。

しかしそうは言っても何がなんでもインフレをゼロにすべきだと言うのは現実的ではない。「ゼロ・インフレ」は望ましいものの、それを追求するために払わねばならないコストは膨大であり、マイルドなインフレのコストよりも大きい可能性がある 。さらに賃金の下方硬直性を考えれば、マイルドなインフレ下での方が、産業間の賃金水準の適正化がやりやすい 、ということもある。

4. 結論的に言って

ドグマティックでない現実的な対応が望まれる。FRBも建て前は別にすると現実の政策ではマイルドなインフレはある程度容認していくような現実的な政策を採っているように見える。

「インフレは死んだ」と断言するのは未だ早い。ただ経済の構造変化が従来のクライテリアを変化させていることは事実である。最適の失業率とインフレの組み合わせ、設備稼働率とインフレの組み合わせ、また潜在成長率の数字自体も、新しい現実に合わせて推計していくことが必要となっている。