2008年9月30日火曜日

BS朝日 - BBC地球伝説 ソドムとゴモラ……& ニューヨーク

今晩のテレビで面白かったもの:
BS朝日 - BBC地球伝説: "古代の黙示録:ソドムとゴモラ 旧約聖書の「創世記」に記されたソドムとゴモラという2つの町の住民たちは、神の逆鱗に触れ、ある日突然、町ごとすべて消えうせてしまった。この物語の舞台である死海に、地質学者のグレアム・ハリス、考古学者のジョナサン・タブ、そしてハル大学教授のリン・フロスティックの3人が集結した。3人はあらゆる調査と研究を重ね、「聖書に記された"ソドムとゴモラの滅亡"は、死海周辺に起こった大地震とそれに続いた地すべりを元に作られた話である」というグレアムの仮説を、証明しようと試みる。聖書に描かれた神の怒りが、実際の大惨事をモデルにして描かれたものなのかどうかを解明する。"

科学者はすごい。紀元前2300年前の出来事を正確に書いていた聖書もすごい。ニューヨーク市場も考古学史に残るのか。

今回の世界株式市場の大暴落も同じような「大災難」。昨日一日だけで、株式市場では100兆円ものお金が消えてなくなったという。長年401年金なんかを積み立ててきた勤労者は、なんにも悪いことはしていないのに老後の蓄えをなくし、大打撃だろう。市場経済を恨みたくなる気持ちは分からなくもない。

こういうことは昔もあったのだろうか。あったみたい。聖書のヨブ記だ。ヨブは信心深い正しい人。悪いことは一切しない。なのに家族とすべての財産と自分の健康を失い、絶望の中で神様は不公平だと恨む。それを聞いた神様は「俺のやることにガタガタ文句を言うとはケシカラン」とご立腹される。ヨブは大いに後悔して反省し、許される。

市場経済もそんなものだ。人類の歴史はバブルと恐慌の繰り返し。秩序なんかなんにもない。それを人間が人為的にコントロールできるなど考える方が不遜なのである。共和党議員の多くがブッシュの金融安定化法案に反対票を投じた。きっと信心深い人たちなのだろう。

9/30 Today ジェームス・ディーンの忌日(1955)

今日はジェームス・ディーンが死んだ日:
ジェームズ・ディーン - Wikipedia: "ジェームズ・バイロン・ディーン(James Byron Dean, 1931年2月8日 - 1955年9月30日、ジミー・ディーンとも)は、アメリカ合衆国の俳優。"
 合掌。

ジェームス・ディーンといえば、やっぱり『エデンの東』:
エデンの東 - Wikipedia: 『エデンの東』(エデンのひがし、英: East Of Eden)は、アメリカ合衆国の作家ジョン・スタインベックが1952年に発表した長編小説。
旧約聖書の創世記におけるカインとアベルの確執、カインのエデンの東への逃亡の物語を題材に、父親からの愛を切望する息子の葛藤、反発、和解などを描いた作品。
聖書では兄カインが弟アベルを殺すが、 ディーンは父から評価されなかった腹いせにナイーブな双子の兄に家族の秘密を暴露することで兄を死に至らせる。人間は本来的に醜く野蛮な動物なのである。原始的な狩猟採取時代には(そしてごく最近までの僻地の未開文化社会でも〕人間の死因の第一は「殺人」による死亡であった。そんな本来的に悪辣な人類もメソポタミアではじめて都市に住みはじめたことで他人と他文化との協調の技術を身につけて行く〔モダス・ヴィヴァンディ〕。都市化こそが文明の起源であった。最近の日本ではやたら「農村文化への賛美と復帰」が宣伝されていて「美しい農村エコ文化」とやらが一種の風潮となりつつあるが、「異文化への攻撃性」という醜い面が特に目立ち、不安を感じてしまう。

2008年9月29日月曜日

9/29 Today エミール・ゾラが死ぬ(1902)……やっぱりお金抜きで人生は語れない

荷風と切っても切れないゾラが死んだ日:
エミール・ゾラ - Wikipedia: "エミール・ゾラ(Émile Zola, 1840年4月2日 - 1902年9月29日)は、フランスの小説家で、自然主義文学の定義者であり、代表的存在でもある。代表作に、全20作から成る≪ルーゴン・マッカール叢書(そうしょ)≫中の『ジェルミナール(芽月)』、『居酒屋』、『ナナ』がある。"
若い時代の荷風はエミール・ゾラに傾倒していた。書いていたのもゾラ風のものばかり。アメリカに行ってからの荷風の作風はゾラ的でなくなるが、幸徳秋水事件で「自分はゾラのようになれない」と絶望して江戸戯作者の道を選ぶなど、ゾラはずっと荷風にとって大きな存在だった。

あの時代までのフランスの小説は、バルザックにせよゾラにせよ、とにかくお金のことが、微に入り細に入り、書かれている〔おっと、イギリスのジェーン・オースティンやアガサ・クリスティーもそう。国とか男女の差はないのだ。西欧文明の本質か〕。明治時代のニッポンの文豪も、漱石なんかそう。「お金は汚い、カネがすべてではない!」という昨今の風潮は、自分だけは十分お金を貯め込んだ既得権集団が、自分の既得権を守るために広めた風潮。都市貧民は、もっとバルザックとゾラを読もう。

ゾラでは、これが面白い:

パリの胃袋 (ゾラ・セレクション)パリの胃袋 (ゾラ・セレクション)
´Emile Zola 朝比奈 弘治

藤原書店 2003-03
売り上げランキング : 298315

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

細かい細部の描写がすごい。「神は細部に宿る」。良妻賢母の主婦が世間体を気にする恐ろしい体制主義者となって主人公を抹殺するのだ。

2008年9月28日日曜日

9/28 Today ルイ・パスツール が死ぬ(1895)

パストゥールが死んだ日:
ルイ・パスツール - Wikipedia: "ルイ・パスツール(Louis Pasteur, 1822年12月27日 - 1895年9月28日、パストゥールとも)は、フランスの生化学者、細菌学者。「科学には国境はないが、科学者には祖国がある」という言葉でも知られる。
ロベルト・コッホとともに、「近代細菌学の開祖」とされる。
分子の光学異性体を発見。牛乳、ワイン、ビールの腐敗を防ぐ低温殺菌法(パストリゼーション)を開発。またワクチンの予防接種という方法を開発し、狂犬病ワクチン、ニワトリコレラワクチンを発明している。"
写真を見ると、実にいい顔をしている。

それほど成績優秀という学生でもなかったようだ:
ルイ・パスツールはフランス、ジュラ地方のドールで皮なめし職人の息子として生まれた。1843年にパリの高等師範学校(エコール・ノルマル・シュペリウール)に入学し、1846年に博士号を取得した。化学を専攻したが、初めは才能がみられず、指導した教授の一人は彼を「平凡である」(日本的には「普通」の評価。5段階で3くらい)と評した。
とある。まあ「エコール・ノルマル」に入学しているのだがら大秀才には間違いがない。

おいらが安全な牛乳を毎日飲めるのもパストゥールのおかげ。感謝しなくては。

2008年9月27日土曜日

NHKドラマ「上海タイフーン」は面白い!

これ、結構楽しめる:
上海タイフーン | NHK 土曜ドラマ
要は、女性版「サクセス・ストーリー」だが、舞台が上海と言うところがミソ。

わがニッポンでは、もう「サクセス・ストーリー」が成り立たなくなっているようだ。テレビドラマも、チマチマした「地位もお金もないけれど、これでよかったね」というお話しばかり。

わがニッポンでは、社会的成功は、親が誰か次第で決まる。政治家が二代目・三代目ばかりなのは言うに及ばず、もてはやされている「自然のなかでのスローライフ(農業)」も親が農民でなければ出来ない世襲制の特権的職業。漁師もそうで、親が漁師でなければ漁師には成れない。教員ですら大分県の例でみるように親次第らしい。社会全体が既得権で膠のようにべとついている。

やる気のある若者が成功を収めるという「サクセス・ストーリー」をドラマ化しようと思えば舞台を日本ではなく上海に移すしかなかったのである。悲しいことである。

女主人公(木村多江)が印象的。近頃めずらしい「弥生顔」だ。ニッポンの女、ガンバレ!

山中湖:ブラックバス(1トン)放流

放流したらしい:
- 山中湖漁業協同組合 - 放流情報: "日付 放流魚 放流量 放流地区
2008年9月24日 オオクチバス 約1000kg 山中・平野・旭ヶ丘地区"
週明けから行こう!

たくさん釣れているらしい:

http://d.hatena.ne.jp/center-field/20080926

9/27 Today 世界観光の日……日本一の「観光地」はどこ?

今日は「観光」の日だとのこと:
9月27日 今日は何の日〜毎日が記念日〜: "世界観光の日 世界観光機関(WTO)が制定。 WTO加盟各国で、観光推進のための活動が行われる。"
ところがニッポンにはなかなか観光客が来ない。国内各地では、お城を造ったり、一億円の金塊を展示したり、いろいろ観光客を引き寄せようと努力がなされているが、何れも大した結果を生んでいない。なぜか。

やはりそういうことは博覧強記の人に聞くのがよさそうだ。京都国立博物館長だった興膳宏氏は以前(2004.4.25)日経新聞にこう言うことを書かれた:

「観光」の語は、『易経』に始めて見える。「国の光を観る。用て王に賓たるに利あり」とあるのがそれである。「国の光を観る」とは、国の盛んな繁栄の様を観察するということ。そうした輝かしさにあこがれて、多くの人々が国王の賓客になろうとする。

首相は新年の施政方針演説で、外国人を対象とした「観光立国」の政策を推進すると述べた。それはよいが、そのためには国が応援団ではなく、当事者であるとの立場をよほど自覚してもらう必要がある。

「儲けてやろう」という下心みえみえの「観光誘致活動」は、やはり成功しないのである。「光」がないところに「観光客」は寄りつかない。急ごしらえの「お城」や「一億円金塊」で観光客を集めようとするより、真面目に本業を営む方がいい。これが「光」を生み、結果として「観光客」を呼び寄せることになる。

ちなみに、日本で一番外国人観光客を呼び寄せるところはどこか? 回答はここ↓
なぞなぞ「外国人観光客が一番訪れる日本の“観光地”はど〜こだ?」

答は「新宿」。『観光地』にはやっぱり『光』が欠かせない。ネオンでもいいのだ。

2008年9月26日金曜日

「鬼毛(シュロ)のほうきが一本数万円もしたのにはビックリ」(佐光紀子)

今晩の日経夕刊「温故知新のエコライフ」コラム。エコ人間は自己満足が強くて嫌いなのだが、佐光紀子はいいことを言っている:
鬼毛のほうき(シュロの木のかたい毛で作られたほうき。油分を豊富に含むため、掃きこむうちに床につやが出るといわれる高級品)が一本数万円もしたのにはビックリ。(これでは)普段から使う道具としての需要は減らします。
昨今のニッポンの農林水産業には、一個10万円のメロンやマンゴー、また一匹数千円のブランド・サバなどを、アホな消費者を騙して売り付けることこそ市場主義だとする思いこみのぶんだくり商売が目立つ。健全な風潮だとはとても思えない。

今晩の日経:
フグの初競り。下関市の南風泊(はえどまり)市場での天然ドラフグの初競り。一キロあたりの最高値は昨年より6000円高い一万6千円だった。
世界的な不況で世界のみんながどんどん貧乏になっているのに、ニッポン人だけが鈍感なのか、消費者は農村漁村の既得権者の宣伝に乗せられて無意味な束の間の贅沢に貴重なお金を浪費している。世界が冬になっていくのに気がつかず、歌い踊り続けているコオロギのようだ。冬になるとコオロギは死に絶えるのである。原作のイソップでは、アリはコオロギを決して助けないということを忘れてはいけない。

9/26 Today 小泉八雲忌(1904)

小泉八雲 - Wikipedia: "小泉 八雲(こいずみ やくも、 1850年6月27日 - 1904年9月26日)は、新聞記者(探訪記者)・紀行文作家・随筆家・小説家・日本研究家。"
1904年9月26日、狭心症のために亡くなる。

小泉八雲といえば、松江の記念館が有名。まるで松江の郷土の名士みたな扱いだが、小泉八雲が松江にいたのは一年ちょっとにしかすぎない。1890年8月に松江に赴任、年末小泉セツと結婚、翌年の11月には熊本第五高等学校に転任している。松江の冬があまりにも寒く、日本家屋は耐寒構造になっていないので小泉は寒さに辛抱できず、とにかく暖かいところに引っ越したいと言ったそうだ。

1896年からは死ぬまで東京で暮らしている。余丁町に隣接する市谷富久町にずっと住んだが、隣のお寺(瘤寺)の木が勝手に切り倒されたことに腹を立てて大久保二丁目に引っ越し、そこでその年に亡くなった。お墓は雑司ヶ谷にある。

クレオール料理の研究家としても知られる。これは知らなかったでしょう。

論より証拠:

ラフカディオ・ハーン 没後100年、ハーンとクレオール文化


日本じゃクレオール料理は食えなかった(だろうと思う)。自分で作ろうにも、外国食材は簡単には輸入できなかった。晩年のハーンが妙に怒りっぽくなったのはこのせいか。食い物の恨みはこわいのである。

現在でも、検疫とかいろいろ強引な理由付けをして(実際は国内農家の保護のために)輸入禁止になっている外国食材は無数にある。スペインの最高級生ハム(ハモン・セラーノ)をおみやげに持ち込もうとして成田で没収され、怒り心頭に発した外国の若者を知っている。観光立国を考えるなら、こんなことから直していかねばならないのではないか。

中山成彬国交相「名言」を連発……撤回することもなかったのでは?

NIKKEI NET(日経ネット):中山国交相:「日教組強いところは学力低い」: "「成田空港は(農民の)ごね得というか、戦後教育が悪かった。自分さえよければという風潮の中で、なかなか拡張もできなかったのは残念」と述べた。"
紙面では他にも「日本は内向きな単一民族。まず心を開かねばならない」とかいいことを言っている。発言後に撤回したとのことだが、意気地のない男だ。

こういう発言を捉えてヒステリーを起こすマスコミの方が問題じゃないか。ニッポンは言論統制の国か。

2008年9月25日木曜日

小泉元首相の引退表明……そもそも「改革」を中途で投げ出すべきではなかった!

こいつはショックなニュース:
asahi.com:小泉元首相、今期限りで引退 次期衆院選には出馬せず - 政治
なんともいい加減だ。散人の恐れていたこと。数日前にこんなことを書いたばかりだった:
Letter from Yochomachi (Blogger): 9/12 Today マラトンの戦い (BC489)……奇しくも小泉自民大勝利の日(2005): "このマラトンの戦いの日に、小泉自民党も「われ勝てり」と言うことになった(2005年の郵政民営化選挙)。ご同慶の至りであったが、なんのための勝利かということが重要。戦争だったら勝ってしまえばそれで終わりだが、選挙は兵隊数の決定にしか過ぎない。増えた兵隊を使って、弱った敵を徹底的にやっつける本当の戦争目的を貫徹すべきであった。しかしご存じの通り、小泉改革は中途半端に終わり、続く安倍、福田には全くやる気がなく、大っぴらなサボタージュが続いた。小泉純一郎は、マラトンの戦いでの兵士ペイディピアデスのように、「われ勝てり」と叫んで息絶えてしまったのであった。"
改革が自分の信念であったなら、ボロボロになるまでその信念を押し通すべきではなかったのか。

大将が勝手に戦列を離脱したおかげで、ニッポンでは既得権集団が「我が世の春」を迎えている。あくどいバラマキ型の利益誘導は今や大っぴらに行われている。マスコミや一般国民はそれを抑えるどころか「格差是正」のスローガンに大合唱することで、知らない間に今までたらふく食って肥え太った自称弱者の利権集団が更に己の私欲を追求することを応援している。イナカ利権集団と一貫してその宣伝塔であったNHKの「我勝てり高笑い」が鳴り響いているようだ。

この大将(純一郎)はもともと自分の美意識だけが大切でニッポンのことなんか考えていなかったのではないか。それともニッポンの利権集団のあまりの強大さに早々と戦いを継続する戦意を消失したのか。

いずれにせよ、日本はいわゆる「ニッポン」のまま継続することになった。とてもよかったと思う人が多いのは、日本のためにとても残念である。

9/25 Today 日比谷松本楼ではカレーが「10円」


今年も恒例の「10円カレー」チャリティーが開かれる:

日比谷の秋の風物詩、10円カレーチャリティは9月25日(火)です。

松本楼の歴史がHPに乗っている。興味深い:

森のレストラン日比谷松本楼

松本楼の創業者は、孫文の中国革命の大義に共鳴し、現在価格にして数兆円の寄付をしたという。時代が違うと言えばそれまでだが、いろいろ考えさせられる。

2008年9月24日水曜日

NHK BShi:ハイビジョン特集「不思議の海 東京湾~大都会と自然がつくる世界~」

これ面白かった:
NHK 番組表: "沿岸流域に約3000万人が暮らす大都会の海、東京湾。その水面下には驚くほど多くの生き物たちの営みがある。番組では、年々変ぼうを続ける湾内で、コンクリートの人工物を巧みに利用する形でしたたかに生きる魚の姿などを紹介。最新潜水撮影技術を駆使した映像などを通じて、“東京湾の素顔”をダイナミックに紹介する。"
東京湾のスズキの水揚げ量は全国一だという(全国シェア30%)。海中の人口構造物や工場排水口に大量の東南アジア原産の外来種ミドリイガイが繁殖し、それにエビが付き、それを食うスズキが大量に集まってくる。まさに豊穣の海だ。

スズキは、高級魚の鯛と同じく白身魚でありながら、安価でうまい。「地産地消」とかいって高いものを食うばかりでは能がない(財布がもたない)。鮨屋ではすべからくスズキを注文しよう。

スズキはシーバスと言うようにブラックバスと同じようなもの。環境攘夷論者が外来種だとしてブラックバスをいじめ抜いて殺戮しつくしてしまわなかったなら、全国の湖沼は「豊穣の湖」となっていたのである。とても残念。

お台場の海底で、捨てられた空き缶を巣にして育つメバルの稚魚の姿が印象的だった。人間とお魚は、そのままのかたちで共存共栄できるのだ。何でもかんでも太古の昔の戻ればいいというものではないということを、実感。

地球温暖化も同じことではないのか?

9/24 Today 西郷隆盛、城山にて自刃 (1877)

明治10(1877)年9月24日、西郷隆盛は城山で自刃。51歳だった:
西郷隆盛 - Wikipedia: "西郷 隆盛(さいごう たかもり、本名:隆永(たかなが)、文政10年12月7日(1828年1月23日) - 明治10年(1877年)9月24日)は、日本の武士(薩摩藩)、軍人、政治家。"
摩藩の盟友大久保利通、長州藩の木戸孝允(桂小五郎)と並び「維新の三傑」と称されるエライ人。その偉さは器量が小さい凡人にはよく理解できないという。

散人も器量が小さいためか、西郷隆盛の偉さがどうもよく理解できないでいる。征韓論を唱えたり、勝算のなさそうな内乱を起こしたり……青年将校に担ぎ上げられ、空気に振り回されてしまった昭和の帝国陸軍の幹部を思い起こしてしまう。

でもあまり悪口を言うとこういうことになるそうだ:

西郷隆盛 - Wikipedia: "NHKの世論調査で、今でも西郷は鹿児島県人に人気が絶大に高く、年長者になるほど神格化されているほど。県民性の本では「鹿児島県人に、西郷と黒豚の悪口を言ったら、生麦事件のイギリス人みたいな目にあう」とまで書かれている。"
くわばらくわばら。

ところで、竹橋の公文書館でこのときの現地からの報告電報の原本を見たことがあるが、明治維新から十年にして鹿児島から東京まで電信用に電線が引かれていた事実には驚いた。近代国家の基盤は通信網にあると見抜いていた大久保利通らの明治政府はやっぱり偉かったのだ。

でも景観には全く配慮しなかったことが、現在まで尾を引いている。明治時代は電信柱と電線の時代でもあった。やたらにあらゆるところに電線を張り巡らした。都市景観は著しく醜いものとなり、永井荷風や夏目漱石を絶望させた。

「秋暑未去らず。終日筆硯に親しむ」、永井荷風『断腸亭日乗』大正9年9月24日の記述。この数日、平成の東京ではようやく蒸し暑さが去って過ごしやすい。「秋暑ようやく去る」と言うところか。

2008年9月23日火曜日

トップページでのエントリー表示件数とラベルの編集

なんかページが重そうなのでトップページで表示されるエントリーの数やサイドバー項目を少なくした。ついでにラベルのお掃除。

ラベルの編集方法については、ここ:

http://help.blogger.com/bin/answer.py?hl=jp&answer=50644

知らなかった。

iBlog でラベル(カテゴリー)をいじるには一大決心が必要だったことに比べると、Blogger は実に簡単で便利。

2008年9月22日月曜日

NIKKEI NET(日経ネット):ゴールドマンとモルガン、銀行持ち株会社に FRB承認

NIKKEI NET(日経ネット):ゴールドマンとモルガン、銀行持ち株会社に FRB承認: "ワシントン=米山雄介】米連邦準備理事会(FRB)は21日、米証券1位ゴールドマン・サックスと同2位モルガン・スタンレーの銀行持ち株会社化を承認したと発表した。FRBによる資金供給を容易にするとともに、預金業務参入で資金繰りを支援する。2大証券を金融再編の核とする狙いもありそうだ。"
感慨無量。

大恐慌以来の「グラス・スティーガル法」がいよいよ名実ともに終焉を迎えた。災い転じて奇貨となす。これはとてもいいことだと思う。既得権絡みのむつかしい理屈には興味がない。でも利用者(国民)にとっての利便性が高まる。それ以上の理屈は必要ではない。

ニッポンは遅れてはいないか?

「事故米は悲しからずや……」(日経「波音」コラム)

今日の日経夕刊「波音」コラムニスト義子の名句:
事故米はかなしからずや工業用加工用にも染まずただよふ
「外国で育ったぴかぴかの白米が船に揺られて、はるばる瑞穂の国までやって来たのに……嫌われものに。主食を粗末にする国は滅びるぞ」とコラムを結ぶ。名コラムだ。

おりしもこんなニュース:
NIKKEI NET(日経ネット)「事故米」対策、政府在庫を廃棄 収入減企業に支援検討: "「事故米」対策、政府在庫を廃棄 収入減企業に支援検討 政府は22日、農薬などに汚染された「事故米」の不正転売問題の対策をまとめ、公表した。政府が在庫として抱え、民間に売却していない事故米については水ぬれなどを除いて販売をやめ、廃棄する。基準を超える農薬やカビが見つかった輸入米や政府在庫の国産米は返品したり、焼却したりする。 (13:40)"
農民の利益代表である農水省はミニマムアクセス米は全部焼却したいというのが本音だから、今回の「事件」は、まさに「渡りに船」。マスコミを利用して消費者大衆の恐怖心を最大限に煽り、輸入米は何でもかんでも危ない「事故米」だと勝手に認定し焼却処分し、国産米を高く売ろうという腹だろう。コストを払うのはわれわれ納税者だ。

そんなことより、あいつらが目をつぶって流通させているカドミウムまみれの国産米の方がよほど危険じゃないのか?

「主食を粗末にする国は滅びる」とは、まさに名言。自分の身内の利益しか考えず「食」を粗末にするニッポンの農水族には未来はない。

事故米混入の「厚焼玉子」が給食に……卵焼きにでん粉など入れてはいけません

あらら、これはスキャンダル:
asahi.com(朝日新聞社):事故米混入の「厚焼玉子」、姫路、鳥取でも給食に - 社会: "姫路市は同日、「五目厚焼玉子」「関西風手づくり厚焼玉子」など4種類を市内21の小中学校で計約3万4千食(05年4月〜07年12月)出したと発表した。同県福崎町も、卵焼き2種類を計17の小中学校と幼稚園、保育所で計約1万400食(05年4月〜06年12月)提供。赤穂市も約30の小中学校や幼稚園などで計約1万6千食(07年2月〜08年2月)出したと発表した。"
卵焼きに「でん粉」なんか入れてはいけません。

もともと卵は「物価の優等生」で今や高いものではない。食い物がバカダカイ日本で生活していても、国際価格で買える卵と鶏肉を食べている以上、ノーソン利権集団に搾取されることにはならない。それなのになんで玉子焼きにでん粉なんか入れて増量するのか?

それにはちょっと説明がいる。昔は卵は高かった。鶏肉も高かった。牛肉よりも高い貴重品であった。だから量を増やすためにやむなく小麦粉を入れて誤魔化したのである。しかし、やがてそれが習慣となり、でん粉入りの玉子焼きの味に慣れた国民は、その必要性がなくなった今もでん粉味を求めるようになってしまったのだ。イギリスのパン粉入りソーセージみたいなもんかな。

日本の養鶏業は、昭和30年代に民間企業の新規参入と、それがもたらした技術革新のおかげで生産性が格段に上昇した。ところが牛肉については全く生産性の向上がなされなかった。おかげで鶏肉と牛肉の値段が逆転したのである。混ぜものを入れないのが基本であるはずのハンバーガーにタマネギやパン粉を入れるのも牛肉の値段が高いため。でもテレビの料理番組では混ぜものを入れる方がうまいという。なげかわしい。

「シンプル・ライフ」とは「シンプル・フード」から始まる。「シンプル・フード」とは、混ぜものやゴテゴテした味付けをしないことが基本だ。「地産地消」なんかではなく、そんなことを教えるのが「食育」ではないのか?

9/22 Today 大納言・伴善男が大極殿・応天門への放火の罪で伊豆へ配流(866)

平安の世間を大騒ぎさせた大事件はかくして一件落着となりました:
応天門の変 - Wikipedia: "9月22日、朝廷は伴善男らを応天門の放火の犯人であると断罪して死罪、罪一等を許されて流罪と決した。伴善男は伊豆国、伴中庸は隠岐国、紀豊城は安房国、伴秋実は壱岐国、伴清縄は佐渡国に、またこれに連座した紀夏井は土佐国、伴河男は能登国、伴夏影は越後国、伴冬満は常陸国、紀春道は上総国、伴高吉は下総国、紀武城は日向国、伴春範は薩摩国に流された。また、この処分から程無く源信・藤原良相の左右両大臣が急死したために藤原良房が朝廷の全権を把握する事になった。"
この大事件の発端から結末まで、伴大納言絵詞に手に取るように描かれている。すごく面白くできた「マンガ」。



でも、伴大納言ほかの関係者全員は、検非違使による過酷な拷問にも拘わらず、最後まで自白をしなかった。だいたい自分で作った応天門に火をつけるわけがない。どうみても藤原一家による陰謀。大伴一族は被害者なのである。でもこのマンガ(伴大納言絵詞)による宣伝のおかげで国民はいまでも伴大納言が犯人であると信じている。マンガの読み過ぎはこわいな。

西行はこういった国家権力のイヌそのものの検非違使で働くことに嫌気がさして出家をしたのではないかと思う(新説)。

2008年9月21日日曜日

9/21 Today フェノロサが死ぬ (1908)……ニッポン文化を発見した男

アメリカ人の日本美術研究家のフェノロサ (Earnest Francisco Fenollosa) がロンドンで客死。ハーバード大学哲学科を卒業後、明治11年に来日。東京大学教授として政治学、経済学、哲学を講じた。来日後、日本美術に傾倒して古美術品への見識を深め、独自の日本美術観を展開、当時の美術界に大きな影響を与えた。日本画が今日あるのは彼のおかげとも言える。

当時の日本文化とは外部から「発見」されるものだったのだ。フェノロサは美術の専門家ではなかったことも面白い。世界的に有名な浮世絵コレクターのスポルディング兄弟も素人だった。あまりに専門家になりすぎると、自分の分野がかえって見えなくなると言うこともあるのだ。

たとえば江戸浮世絵についていちばん基本的な学術書といえば、現在でも永井荷風の『江戸芸術論』。彼も美術については素人(絵はうまかったけれど)。荷風も米国とヨーロッパを知り尽くしていたからこそ、江戸を発見できたということなのだろう。

江戸芸術論 (岩波文庫)江戸芸術論 (岩波文庫)
永井 荷風

岩波書店 2000-01
売り上げランキング : 37673

Amazonで詳しく見る
by G-Tools


ジェネラリストは役立たずという昨今の風潮だが、そんなに捨てたもんでもないです。

インターネットでクラシック……「OTTAVA」

日経の夕刊コラムに書いてあった;
Contemporary Classic Station OTTAVA by TBS -About OTTAVA-: "世界の国際都市にあって東京になかったもの、それはクラシック・ステーション。1992年にイギリスで開局した「Classic FM」の大成功を受けて、世界の都市では、次々とクラシック音楽を専門としたラジオステーションが誕生しています。いずれのステーションも、提案するのはクラシックをシンボルとしたライフスタイル。文化や芸術の話題を織り交ぜたクラス感のある番組内容と、クラシックの枠組みにとらわれない自由な選曲スタイルが、高感度な人々の間で親しまれています。

今、最高に格好いいコンテンポラリー・クラシック・ステーションが、東京に誕生しました。
OTTAVAは、国際都市東京から上質で高級感あふれるクラシック音楽を発信します。"
だって。

PodCast もある。これは iPod で聴けるので便利。

2008年9月20日土曜日

9/20 Today サラミスの海戦(BC480)

歴史を変えた戦(いくさ)と言えば、この海戦:
サラミスの海戦 - Wikipedia: "サラミスの海戦(-かいせん、希語:Ναυμαχία της Σαλαμίνας、英語:Battle of Salamis)は、ペルシア戦争最中の紀元前480年9月、ギリシアのサラミス島近海で、ギリシア艦隊とペルシア艦隊の間で行われた海戦。ヘロドトスの『歴史』(第8巻)に詳しい。紀元前480年9月20日ごろ(29日説あり)の明朝、テミストクレスによる訓示の後、ギリシアの全艦艇は停泊地より一斉に出撃した。"
ギリシャ艦隊の大勝利。ペルシャ軍は戦意を失い小アジアに逃げて帰った。

それから2500年。ギリシャはEUの小国に落ちぶれてしまったが、ペルシャ(イラン)はいまだに覇権国アメリカをも脅かす大国。とてもしぶとい。

歴史 上   岩波文庫 青 405-1歴史 上 岩波文庫 青 405-1
ヘロドトス

岩波書店 1971-01
売り上げランキング : 23508

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

歴史 (中) (岩波文庫 (33-405-2))歴史 (中) (岩波文庫 (33-405-2))
ヘロドトス

岩波書店 1972-01
売り上げランキング : 71481

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

歴史 下    岩波文庫 青 405-3歴史 下  岩波文庫 青 405-3
ヘロドトス

岩波書店 1972-01
売り上げランキング : 72264

Amazonで詳しく見る
by G-Tools


(サラミスの海戦の部分だけを読みたいのであれば「下」)

2008年9月19日金曜日

永谷園がテレビで宣伝する「お吸い物スパゲッティー」はイマイチだな

テレビを見ていると永谷園のCMが目に入った。「永谷園お吸い物の素」を使ってスパゲッティーを作るとうまいという。作り方は茹でたスパゲッティーに「永谷園お吸い物の素」を振りかけるだけ。イケメンのタレントがむさぼり食うシーンが続く。食い物に手間暇をかけるのは嫌いなのでさっそく試してみたが大失敗。うまくないのである。

塩辛すぎるのである。一人前の「永谷園お吸い物の素」を一人前のスパゲッティーに加えると、実に塩辛い。永谷園は、テレビでCMを流す前に実際に試してみたのか!

でも、イタリア直輸入のヂュラム小麦で作ったスパゲッティーは、「生」でもうまく食えると言うことを発見。何もソースを加えなくても実にうまいのです! 「永谷園」だけが余分であった。

スパゲッティーは、シンプルな「アーリオ・オーリオ」が一番うまいな。おまけに、これを食べている限り、ニッポンのノーソン利権集団にぼられないで済む。スパゲッティーも、オリーブオイルも、ニンニクも、すべて輸入品だから。

アサヒ:太田農水相・白須次官辞任 汚染米問題で引責……とても正直な人であっただけに残念

太田農水相が早々と辞めてしまったらしい:
asahi.com:太田農水相・白須次官辞任 汚染米問題で引責 - 政治: "太田農林水産相は19日の閣議後、福田首相に対し、農薬などで汚染された事故米の不正転用問題をめぐる農水省の一連の対応の責任をとって辞任する意向を伝えた。"
これだけ素直にニッポン農業の実態を語る大臣は少なかっただけに、とても残念である。

記憶するべきは太田農水相が「事故米は食べても大丈夫」と繰り返し発言してきたこと。秀才エリートの農水次官も同じことを言っていたから、これは事実なんだろう。

だったら、なんで巨額の国民の税金を使って輸入米を市場から隔離する政策を採り続け、外国農産物は危険だとするマスコミ宣伝を大金を費やして(国民の税金で)やって来たのだ! 

輸入米は隔離して、長期保存して、食えないようにしてから国産米に影響が及ばないようなかたちで処分する。でもその処分米を利用して自分が面倒をみている既得権集団が儲けることは黙認する。これが農水省の一貫した政策であった(農水関係の既得権集団はノーソンばかりじゃない、三笠フーズもお仲間だ)。

農水省が予測できなかったことは、自分で長年かけて外国農産物を敵と見なすように育て上げたニッポンの消費者が「食の安全」に過剰に過敏になってしまったことだ。「消費者なんかは適当に煽って外国農産物を食わないようにしておけばいい」と甘く見て自分らノーソン集団の利益のために利用してきた。「飼い犬に手を噛まれたとはこのこと」……そう思っているのではないか。

問題の本質は、コメの異常な高関税にあり、それをWTOに認めて貰うかわりに農水省が喜んで受け入れたミニマムアクセス(MA)米制度にある。農水族はMA米は「国民の税金で」処分してしまえばいいと考えていたが「いくらなんでも食べられるコメを処分するのはモッタイナイでしょう、それで儲けさせてください」という「身内」からの陳情に「良きに計らえ、おいらも助かる」と言ってそれを認めた。これが今回の事件の真相だ。

「外国米の輸入はコメの高関税を認めて貰うかわりの交換条件だから認める、でも輸入したコメは全部腐らせるのだ、費用を払うのは国民だからおいらの知った事じゃない」という農水省の過去一貫した「都市住民搾取政策」が、いよいよ破綻を迎えているのである。

ニッポンのマスコミはそのことをどうして報じないのか。マスコミの記者はイナカ出身者が多いため、自分の家族が損するようなことは書かないためである。

9/19 Today 糸瓜忌、正岡子規没 (1902)

正岡子規の忌日。子規忌,獺祭(だっさい)忌ともいう。
正岡子規 - Wikipedia: "正岡 子規(まさおか しき、慶応3年9月17日(1867年10月14日) - 明治35年(1902年)9月19日)は俳人、歌人である。名は常規(つねのり)。幼名は処之助(ところのすけ)で、のちに升(のぼる)と改めた。"


子規は漱石の友人で俳句の師匠でもあった。脊椎カリエスで床についたまま創作活動を続けた。闘病日記『仰臥慢録』には克明に毎日の食事を記している。量が半端じゃない。生きようとする意欲が食へのこだわりにつながったのだろうが、この異常な食へのこだわりかたはどう見てもグロテスク。尋常ではない。まるで今のテレビの「おいしい〜!」番組を見るようだ。

仰臥漫録 (岩波文庫)仰臥漫録 (岩波文庫)
正岡 子規

岩波書店 1989-05
売り上げランキング : 25522

Amazonで詳しく見る
by G-Tools


最後の句:
糸瓜(へちま)咲て痰のつまりし仏かな


獺(かわうそ)は獲物を集め巣の周りにたくさん並べておく。それを称して「獺祭」という。子規も「言葉」のコレクションが好きだったので自ら「獺祭亭主人」と号した。

2008年9月18日木曜日

映画「男と女」は過ぎ去ったクルマ文化の象徴だったのか!

テレビを見ていたら、往年のフランス映画「男と女」をやっていた。もう何度もテレビで見た記憶がある。昔々のメロドラマなのに、なんであんなに人気があるんだろう?

男と女 特別版男と女 特別版
クロード・ルルーシュ フランシス・レイ ピエール・ユイッテルヘーベン

ワーナー・ホーム・ビデオ 2007-12-07
売り上げランキング : 6563

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

お話しはごくつまらないもの。女が死んだ亭主の事をいつまでもウジウジ忘れられないので、幸せを掴めずにいる。男はいろいろ努力して辛抱強く待ち続け、ついに女の心を解き放つ。アホらしい。でもこの男の手管は今でも通用しそうで、それでこんな映画がいまだ人気があるのだろう。最近の映画とか小説は「マンネリ」と「クリッシェ」ばかりでつまらないから、すでに面白いという評価が定着した「古典」をみたり読んだりする方が忙しい人にとって時間の無駄にならないということかも知れない。

その点については、かなり同感。われわれ現代人は、つまらないものを粗製乱造する今どきの「芸術家」とやらを食わせねばならぬ義務はないんだから、面白ければ古いものでも一向に構わないのだ。それでは「文化振興」に繋がらない? これまた一向に平気。昔の天才も、みんな死んでからようやく評価されたものだ。生きてるうちにちやほやされた連中は結局歴史に名を残さなかった。みんなが「ベストセラー」とやらに付和雷同して騒ぎ、今どきの「芸術家」を甘やかすのは、結局芸術のためにならないのである。みんなようやくこれが分かっていたことが、今の出版業界不況の根本原因。

ところでこの映画(「男と女})は、自動車文化を基盤としていると、今頃気がついた。汽車より自分で運転する自動車の方が速いというのがキモ。ホントにこれがキモ。思えばこのテーマは、古来(?)から映画で繰り返し使われてきた。

クルマは西部劇のカウボーイにとっての馬や、黒澤映画にとってのウマと同じで、自由な男の象徴なのである。これさえあれば、しがらみを脱して、何処にでも自分の空間を保持しながら行けて、しかも女子供が乗る汽車より速い。これこそが男のロマン。この映画は男のクルマ(マスタング)なしには成り立たなかった。

最近のニッポンでは、若者のクルマ離れが著しいという。若者が車を買うとしてもファミリータイプのワンボックスカーだとのこと。なんたること! 世も末だな。新幹線などのクルマより手軽に速く移動できる手段が出来たことが原因か。技術の発展が男をダメにする例である。

NHK衛星放送「アジアクロスロード、香港フェニックス時事討論会」……日本人は中国が嫌い?

香港フェニックスの時事討論番組は面白いので出来るだけ見るようにしている。けっこう質が高いのだ。今晩は「日本人は中国が嫌いになったのか?」というテーマ。とても考えさせられた。討論で取りあげられた数字のいくつかご紹介:

数字:
  1. 7月中旬に実施された日中共同世論調査では、日本人の78%が中国を信頼できないと回答。
  2. 3〜4月に世界24カ国で実施された世界世論調査では、在外中国人の8割は「外国人は中国に対して良いイメージを持っている」と回答(つまり、日本だけが特殊なのだ)。
  3. 最近の中国人に対するアンケート。77%の中国人は「日本人は中国を嫌っている」と回答。
  4. 日本における対中好感度世論調査の時系列推移。2004年以降(小泉以来)日中関係は「良好」とする回答がドラスティックに低下。ほぼ半減。

討論会では在日歴数十年の中国人大学教授が「日本人は中国を嫌いだした、これは由々しき事態である」と主張したのに対し、他の識者は「そもそも世論調査などは当てにならない、大げさに騒ぎ立てる方が間違っている」と主張して、おおむねでいえば、中国では危機感の欠如か。

散人は逆に大きな危機感を持っている(ケンカしたら日本が損する相手だから)。同時にこの日本人の中国嫌いは多分にマスコミとか政府によって煽られた面があると見ている。散人の仮説:
  1. 日本人の中国嫌いの風潮は、確実に存在する。特に若い世代に顕著。
  2. これはこの数年特に目立つようになった。経済で負けてしまったという敗北感から来る部分もあるが、多分に政府・マスコミから誘導されているという性格が強い。
  3. 例えば小泉政権。若者の嫌中感を巧みに扇動し、支持率を上げた。数字で示されている。
  4. 最も大きい役割を演じているのは、中国からの農産物輸入急増に危機感を持つ農村関係者。これが日本のマスコミを札ビラで買収し(なにせスポンサーとして強大な影響力を持っているから)、中国食品は危険だ、中国人はカネの亡者で陰険だという洗脳的宣伝を続けた。環境団体は所詮彼らの分身なので中国のおかげでニッポンの環境が危機にさらされていると喚き続けた。
  5. ナイーブなニッポンの若者はコロッと騙された。

政治力を持つ既得権集団は大衆宣伝に長けている。批判的にテレビを見ないと、いいように操られてしまう。老婆心ながら申しあげる。


サイト内関連記事(日本 中国)

9/18 Today 反穀物法協会の結成(1838)……大英帝国の原点

この日を起点に、イギリスは「大英帝国」として発展をはじめる:
9/18 Today 反穀物法協会マンチェスターに結成される(1838)……イギリス資本主義発展の原点: "穀物法(コーン・ロー)とは穀物の輸出入制限に関する一連の法律。ナポレオン戦争後のイギリスで国内の農業保護を目的に輸入穀物の価格を人為的に引き上げた。これは地主・農業資本家に法外な利益をもたらしたが、一般消費者・産業資本家には不利益をもたらした。イギリスの一般消費者・産業資本家の代表は、この日、マンチェスターにて反穀物法協会を結成。地主・農業資本家に対する戦いを開始する。これは全国的に熱狂的な共鳴を呼び、やがて1846年に穀物法は廃止される。産業は活性化され、イギリスは一挙に世界一富裕な強国となって行くのでありました。"

それに比べて我がニッポンでは……

日本ではこういう対立軸がいっこうに表面化しなかった。なぜか。

ひとつには日本の農村の団結力。農民への利益誘導こそが政治であるとのぶれない固い信念のもとに、戦前戦後を通じて一貫性のある政治圧力団体を形成してきたこと。昭和の右からの「改革」の主導者であった陸軍青年将校や「革新官僚」のほとんどが農村出身であった。戦後も戦前の政治体制は実質的に継続され(戦前戦後の連続性は多くの資料で立証されている)おまけにGHQは戦前の「革新官僚」や青年将校たちがやりたくってもやれなかった農地解放までやってくれたから一挙に彼等が目指していた「ノーソンへの利益誘導型改革路線」が進むこととなった。日本の戦後経済発展の成果を主に農村が享受するシステムが出来上がったのであった。

それに対し都市住民(労働組合など)は、くだらない政治イデオロギーに拘泥して資本家こそが敵だと信じ、問題の本質を理解できていなかった。戦う相手を間違えていたのである。いつのまにか経済的弱者(農村)は団結することにより政治的強者となり、もともとの経済的強者だったはずの都市労働者は政治的弱者となり、結果としてついに経済的弱者にまで成り下がる。イギリスに於いて100年以上前に認識されていた「都市対農村」という対立軸が日本では本格的に議論されることもなかった。国民経済面から見たマクロ投資は非効率的な方面に向けられ、日本は一時はいい線までいっていた国際競争力を失ってゆくのであった。
ということ。

「みんな一緒に清く貧しく」というのもいいけれど、「みんな」というのが「ニッポン」だけなので、具合が悪い。


サイト内関連記事(都市 農村)

2008年9月17日水曜日

アサヒ:学校給食用の豚肉産地を偽装容疑 仙台の食肉会社元社長ら逮捕……こどもたちに贅沢をさせすぎではないか?

またかという事件:
asahi.com(朝日新聞社):豚肉産地を偽装容疑 仙台の食肉会社元社長ら3人逮捕 - 社会: "生活環境課と仙台東署の調べでは、石川元社長らは07年3月下旬から6月下旬ごろにかけて、米国産のチルド豚肉を加工してロース切り身約840キロを製造し、仙台市に提出する製造加工証明書の産地欄に「宮城県(登米市)米山町」と虚偽表示。その後7回にわたって、仙台市内の学校給食センターにこの肉を配送し、納入代金約93万円をだまし取った疑い。"

でも、学校給食用は国産豚肉と義務付けられていたとは、知らなかった。

値段は倍ほど違うので散人は輸入豚肉しか買わない。宮城県では子供にそんな贅沢をさせていたとは知らなかった。教育上由々しき問題だ。

こんな余分の費用を、利権団体への利益誘導を目的として地方交付税や国の教育予算でカバーしていたとすれば、大問題。おいらが払う税金を返して欲しいな。

サイト内関連記事(豚肉 関税)

9/17 Today 黄海海戦 (1894)……新興国を物量で圧倒できなかったのが清国の敗因

黄海海戦 (日清戦争) - Wikipedia: "黄海海戦(こうかいかいせん)は1894年(明治27年)9月17日に大日本帝国海軍連合艦隊と清国北洋艦隊の間で戦われた海戦。鴨緑江海戦とも呼ばれる。初めて近代的な装甲艦が実戦に投入された戦いとしても知られる。この海戦の結果、清国海軍は大きな被害を受けて制海権を失い、清国海軍が日本を脅かす事は二度と無かった。"

「眠れる獅子」と恐れられていた当時の「超大国」清はこれを境として急速に下り坂を転げ落ちて行く。経済力、文化で圧倒的に優位にあった清がどうして貧乏な新興国の日本に敗れたのか。

ごく単純にいえば清が油断して日本との軍事バランスを拮抗させてしまったから。西太后が宮殿を造るために軍事予算を削り建艦競争において日本の追いつきを許してしまったのだ。黄海海戦当時の両国の海軍力は性能を加味すると、ほぼ同能力であった( 岡崎久彦『陸奥宗光とその時代』 )。

陸奥宗光とその時代陸奥宗光とその時代
岡崎 久彦

PHP研究所 1999-10
売り上げランキング : 422463

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

物量がほぼ同じであれば勝負は時の運となるし「まだ沈まぬや定遠は」の歌にあるような勇敢な兵士で構成される日本海軍の方に分があるわけ。

老大国(成熟国)が元気のいい新興国の挑戦を退けるためには物量で相手を圧倒しておくことが必要なのである。経済戦争において追われる立場であった日本が心しておかねばならなかった教訓であった。でもニッポンは国際競争力向上に結びつかない無駄な利益誘導型「バラマキ」を長年続けた。その結果、物量でも新興国中国に圧倒されてしまった。戦後自民党政治の最大の汚点である。

2008年9月16日火曜日

農水省、三笠フーズの流通業者370社を公表:「事故米」は「国民食」だったのである!

株の大暴落ですっかり影が薄くなっている三笠フーズ問題だが、農水省は事故米を流通させた370社名を公表した:
NIKKEI NET(日経ネット):: "三笠フーズから事故米が流通した企業は給食業者や酒造会社、米菓メーカーなど370社に上ることが判明"
あまりにも身近な企業ばかりで驚く。そもそも、この「事故米」とやらを食って死んだ人はいるのだろうか?

農水省の意図とは裏腹に、これだけ広範囲に食されていたと言うことで、もはや「事故米」とは「国民食」だったということを、改めて実感させられた。健康被害も報告されていない。国内農家を保護するだけのために外国米に言いがかりを付けてなんでも「事故米」とする農水省の勝手な認定自体と、高関税との交換条件として外国米は輸入するがそれは国民には食べさせないで隔離するというMA制度自体が、今回の問題の根本にあるのではないか。「良きように処分せよ」として農水省が放出する事故米の価格が実際の品質と比して安すぎるのである。問われるべきは農水省の「モッタイナイ精神」の欠如である。

消費者団体は、ヒステリックに「安全、安全」と叫ぶ前に、こういった根本問題を考えるべきだ。さもないと、この事件を利用して外国米への国民的恐怖心を植えつけようとする農水省の思惑通りの展開となってしまい、国民はますますあいつらにぼられまくることになる。


サイト内関連記事(ミニマムアクセス)

「"KY"から"AKY"へ」(日産自動車相談役名誉会長、小枝至)

今晩の日経「あすへの話題」から。新聞の面白いところはコラムにある。このコラムも毎日楽しめるコラムだ。「KY」とはもちろん「空気が読めない」の略。「AKY」とは何か?

小枝氏によれば「あえて空気を読まない」の略らしい。

小枝氏は言う:
  1. 他者に対して共感したり配慮するのは重要であるが、(今の若者は)空気を読んで、摩擦を避け、その場の雰囲気に合わせることを理由にして、現状を肯定し、挑戦することを避けているのではないだろうか。

  2. 現在、われわれを取り巻く環境は大きく変化しており、この変化に対応することが求められている。その場限りの、安易な妥協をしたり、日本固有の特異性を言い立てて壁を作っても世界では通用しなくなっている。

  3. それより、これをチャンスと捉えて日本人・日本企業の強みを生かして勝ち残りたいものである。

近年まれに見る「同感度満点」のコラム。

散人は「KY」という言葉がとても嫌いだ。仲間内の論理で自己満足のぬるま湯に浸かり、気に入らないやつは異端者として排除する。反吐がでそうだ。その仲間内の論理とは、要するにNHKなどの体制側の洗脳マスコミが流した価値観を無批判に受け入れているお仕着せに過ぎないのだ。

日本人は「ガバナビリティー」が高い国民として知られている。「ガバナビリティーが高い国民」とは、つまりお上の意向に沿ってお上の言うことに従順に従う国民と言うこと(「統治しやすい国民」と言うこと)。若者が自分で自分の首を絞めるような「KY」という言葉を流行らしていることは、正直、理解に苦しむ。

そこまでニッポン人は墜ちてしまったのか。変化を主導するべき若い世代から「自己満足的ウヨ発言」を聞く度にユウツになってしまうのである。


サイト内関連記事(空気が読めない)

リーマン大暴落「災難にあう時節には災難にあうがよく候」

リーマンブラザーズ破綻で世界の株式市場は大暴落。おまけに円が上がって外債も目減り。「想定内」だと粋がる人もいるけれど、おいらは想定してなかったのでかなり凹んだ。こう言うときは良寛の心境だね。掲題の言葉は良寛のもの。

良寛が文政十二年(1827)の大地震の時、地震で被害にあった人に対して送った手紙がある。曰く:

しかし災難に逢時節には 災難に逢がよく候 
死ぬ時節には 死ぬがよく候 
是はこれ災難をのがるる妙法にて候 かしこ 
           良寛

何事にも無理して力まないのである。これぞ良寛流の自然体。
 
この世界には、どう考えてもお金の量が多すぎた。あまり多すぎたので神様が「物差し」(つまり市場価格)を変えておしまいになったのである。「汝ら今日から貧乏人だよ」というわけ。

もっとも神様は公平というわけではない。タンス預金や郵便局に分散してお金を隠していた連中や制度的な既得権者は(キャッシュフローが保障されているので)無傷。いつもながら神様は不公平だ。

仕方がない、自然体で対応しよう。贅沢はやめて質実剛健で行くのだ。マスコミに踊らされて既得権者をさらに儲けさせるようなお金の使い方は決してしないこと。こうすればあいつらへも損失の「均霑」が行き渡るので、世の中すべて公平と言うことになる。神様もそれを想定されているのであろう。

2008年9月15日月曜日

9/16 Today モース、貝塚を掘る……本邦初の考古学的発掘

明治10年(1877)のこの日、エドワード・モース(Edward Sylvester Morse) は大森駅近くの貝塚を発掘。これは彼がその年6月来日の際、横浜から東京まで乗った汽車の窓から見つけたものだが、この日まで掘る時間がなかった。翌月の10月にかけて、石器、骨角器、獣骨、人骨が、ざっくざっくと掘り出される。日本にも石器時代から人が住んでいたことが確認された。

エドワード・S・モース - Wikipedia: "1877年(明治10年)6月来日し、横浜から東京に向かう汽車の窓から貝殻が積み重なっているのを見て貝塚であることに気付いた。それが大森貝塚の発見であった。同年10月に東京大学の学生(松浦佐用彦、佐々木忠次郎)等とともにこの貝塚を発掘した。その発掘の成果は、1879年に“Shell Mounds of Omori”の書名で発掘報告書が刊行された。その書の中で、日本列島において石器時代が存在したことを立証するとともに、貝塚から出土した土器に縄目文様が付いていることに注目し、“cord marked pottery”と呼んだ。"
日本の歴史は、古くて立派なのだと、当初、日本人は大喜びした。

でも、モースは、けしからんことに、当時は食人の習慣があったと推定してしまった:

エドワード・S・モース - Wikipedia: "1878年(明治11)6月30日、東京浅草の井生村楼(いぶむらろう)で500人を超える聴衆を集めて“大森村にて発見せし前世界古器物”というテーマで公開講演をした。考古学概要とトムセンの三時代区分法を初めて紹介する一方で、大森貝塚で出土した人骨に傷があったことから、「かつての日本には食人風習が存在した」と主張した。"

失望したニッポンイストたちは強烈に反発した(どうもこういうテーマは北海道のアイヌ研究でもタブーのようだ)。

しかし、余りこういうテーマにナショナリズムを持ち込まない方がいい。ニッポン土着の風習とそれと近代社会との確執を描いた「ひかりごけ」(武田泰淳)は名作:


ひかりごけ (新潮文庫)ひかりごけ (新潮文庫)
武田 泰淳

新潮社 1992-04
売り上げランキング : 107994

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

あるがままの事実を見ることから、すべての科学は始まるのである。

サイト内関連記事(武田泰淳)


Google AdSense で遊んだら面白かったことなど

Blogger には簡単に Google AdSense を組み込むことが出来るというが、ゴテゴテしたページになることが嫌だったので今までやってなかった。でもその仕組みが知りたくなり、好奇心からちょっくら導入。結構面白い。

出来るだけレイアウトを壊さないようにしたいので、今まで使っていなかった一番下にあるフッター部分にリンクだけを表示させることにした。

するとちゃんと本文と関連づけた広告リンクが表示された。ページごとに異なる内容で、なかなか頭がいい。ただ具体的にどんな広告なのかは、規約により本人はクリックしてはいけないと言うことになっているので分からない(プレビューソフトはWIN専用)。クリックすると関連した外部広告ページの一覧が表示されるらしいとだけ申しあげておく。

できればエントリー本文の下に関連広告を直接貼り付けたかったのだが、これをやるとトップページの項目ごとにその下にいちいち表示されるので汚いのでやめ(またテンプレートによるのだろうがマージンも合わない)。エントリーのHTMLに直接貼り付けることを試したが JavaScript なので表示されない。

さて、その結果。一日経って統計を見るとクリック数は見事に「ゼロ」。世の中はそれほど甘いものではありません。

サイト内検索窓に AdSense を組み込むことも出来るとのこと。これはまだやってない。かわりにエントリーの本文の下にサイト内関連記事を自前で表示させることにした(Google カスタムサーチエンジンを利用)。このリンク(↓)。これは読む人にとってけっこう便利だと(勝手に)思う。


サイト内関連記事

9/15 Today 関ヶ原の戦い(1600)……教科書通りの布陣でも勝てなかった西軍

慶長5年9月15日(西暦1600年10月21日)、東軍は徳川家康のもとに7万5千人、西軍は石田三成を中心に12万8千人。西軍の小早川秀秋軍8000人が寝返ったけれど、それにしても西軍の方が人数が多かった。でも結果はご存じの通り。


明治時代になって陸軍士官学校の教官をしていたドイツ人の参謀が、関ヶ原での両軍の布陣図を見て「戦闘の結果は聞かなくてもわかる。これじゃ西軍が勝ったのに決まっている」と言ったらしい。石田三成は秀才だから、ちゃんと教科書通りの布陣をした。

でも、三成は所詮サラリーマン社長。オーナー経営者の家康とは格が違った。期待できる恩賞もサラリーマン社長から貰えるものは、結局たかが知れているし、インセンティブも桁違いだった。

なによりも時代の流れは家康にあった。時流に逆らってはいくら大軍でも勝てない。

現代日本は「一億総サラリーマン化」しているように見える。サラリーマン社会に果敢な挑戦をしたホリエモンは無惨にも刑務所に入ることになったし、学校もテレビも「環境にやさしいスローライフ」とか「仲間が大切」など寝ぼけたことを繰り返しているばかりで、荒々しい世界の潮流から取り残されているように見える。「清く貧しく」もけっこうだが、金持ちになった中国人からシャビーな国と馬鹿にされるようではしゃくに障るではないか。

2008年9月14日日曜日

9/14 Today 水野忠邦、上地令を発す(1843)……でも結局「利権集団」に敗れる

長らく続いた幕府体制のおかげですっかり腐敗非効率化してしまった江戸時代の日本。折から外敵の脅威も伝えられはじめた。財政再建に着手した水野忠邦は果断迅速な改革に取り組む(天保の改革)。その一環としてやったのが上地令。旗本たちの飛び地で点在する私領をまとめて天領と交換するといういわば現在の耕作放置農地の集約化みたいなもの。でも農地を触るのはやばかった。案の定、既得権者から猛烈な反発を受けて水野忠邦は失脚。

水野忠邦の改革(天保の改革)は、いまだにとても評判が悪い。歴史書でも好意的に書かれている例は少ない。とにかく贅沢は禁止したので民は困ったとか、農民の兼業を禁止したりお祭りは無駄遣いだと言って禁止したのはけしからんとか、農民が都市に流入するのを阻止しようとしたのは農民を農地に縛り付けるものだとか、デフレ政策を強引に推し進めて自殺者がどんどん出たとか。悪口ばかり。

でも当時の経済を見てみると、明らかに供給力が不足していたことがわかる。供給力の増強(当時はコメの増産ですね)と需要の削減(贅沢禁止)をやって、余った供給力で外敵に対抗するだけの軍事力を装備する必要があった。また何よりも制度が硬直化してきており既得権者たちの利権で社会が身動きとれなくなっていた。改革は必要であった。

しかし、改革の煮え湯を飲まされ続けた抵抗勢力は上地令を機会についに水野忠邦を孤立化させることに成功する。土地がからむととにかく全員が反対するのがニッポンなのだ。百姓たちは旗本たちについて抵抗勢力となった。水野はあえなく失脚し失意のうちに死に、改革リーダーを失った幕府体制は崩壊へとまっしぐらに進む。

何か「現代日本」を見ているようではないか。

2008年9月13日土曜日

NHKはどうして台風13号の台湾への影響を報道しないのだろう?

台風13号は与那国島という島に接近してたいへんだという。地図で調べてみると、台湾のすぐ近くではないか。台湾の都市は今回の台風で一体どうなっているのだろうか、知りたいところであるが、NHKは全く報道しない。

NHKは、台風が「日本以外」に行ってしまうと大万歳とばかり全く無視する。お気の毒とも言わない。米国マスコミがハリケーンのカリブ諸国への被害状況を克明に報道するのと比べ、大きな違いだ。

普通の日本国民にとっては、経済関係がこれほどまでに緊密になっている台湾の状況の方がよほど心配であるはずだが、NHKは「ニッポン」以外には全く関心がないらしい。海外の大災害でも日本人の犠牲者があったかどうかが最優先事項だ。人の命に軽重はないだろう。完全にずれているとしか言いようがないが、NHKの体質を見事にあらわしている。


[サイト内関連記事]

9/13 Today モンテーニュ没 (1593)…西洋版『菜根譚』を書いた人

ミシェル・ド・モンテーニュ - Wikipedia: "ミシェル・エケム・ド・モンテーニュ(Michel Eyquem de Montaigne [miʃɛl ekɛm də mɔ̃tɛɲ], 1533年2月28日 - 1592年9月13日)は16世紀ルネサンス期のフランスを代表する哲学者。モラリスト、懐疑論者、人文主義者として知られる。現実の人間を洞察し人間の生き方を探求して綴り続けた主著『エセー』は、フランスのみならず、各国に影響を与えた。"




彼はこの書物は自分の家族のために書いたとしているように、父親から子供に引き継ぐ人生の知恵といった性格が強い。処世訓がいっぱい書いてあるのだ。敢えて白黒の判別をせず、結論を出していない問題も多い。人生というのは割り切れるものではないからである。

そういった処世訓的なところが「PC(ポリティカリー・コレクト)」な人にとっては狡賢いと見えるようで、今時のインテリにはあまり人気のない本である。中国に『菜根譚』という本があるが、あれと同じようにある程度歳をとってから読むと大いに納得する部分が多い本なのだ。

歴史の勉強にもなる。アレキサンダー大王がガザに攻め込んでどんな残虐無道のことをやったのかも、いきなり最初の章で書いてある。それも尊敬の念を込めて。モンテーニュにとっては、すべての事柄は善悪とは関係のないものであり、彼の関心は、すべての出来事の、その結果に至る過程から、世の中の教訓を引き出すことにあったからだ。

この意味において、プラグマティズムの権化の人(つまり人間そのもの)とも言えるかも知れない。極悪非道の暴力も専制君主もなんでありの人間世界は、そこで生き続けなければいけない以上、我々はそれをあるがままに理解し、そこから現実的な解を見つけ出すべきなのである。

エセー〈1〉エセー〈1〉
Michel de Montaigne ミシェル・ド モンテーニュ 宮下 志朗

白水社 2005-10
売り上げランキング : 64388

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

2008年9月12日金曜日

NHK地域発!どうする日本 「物価高騰 地域はどう立ち向かうのか」……NHKはイナカの味方か!

毎度のことながら、見ながら限りなく憂鬱になってしまった番組。NHKは金子勝などの扇動インテリを前面に立て、これでもかこれでもかと裕福なイナカ住民の利益を代弁する。そのコストを払うのは、都市貧民なのだ。
地域発!どうする日本 - Yahoo!テレビ.Gガイド [テレビ番組表]: "地域発!どうする日本「物価高騰 地域はどう立ち向かうのか」
▽今回のテーマは物価高騰。暮らしにのしかかる食料品やガソリンなど原材料の値上げ。地域の産業や消費者は如何にして乗り切ろうとしているのか。各地の取り組みを伝える。
堀ちえみ,金子勝,大江正章,【司会】松本和也"
一応都市部の実情もレポートされていた。紹介された都市部の年金生活者の暮らしは「悲惨」のひと言。年金は例の「マクロ調整クローズ」で目減りしてゆくし、福祉の負担は増えるし、その上に食料品の大幅値上げだ。月10万円で生活するお年寄りは、毎日できるだけ家に居らないようにして、公民館や図書館で時間を潰し冷房の電気代を節約しているという。もちろん高い国産農産物は買えない。

一方、ガソリン代が上がってたいへんだたいへんだと叫ぶ福井県の農家では、一家に五台も自動車を保有し、ガソリン代が月に10万円もかかるようになったと不平を言っている。相乗りなんかは出来ないのかとの質問に対しては「家族の通勤時間帯が違うから出来ません」のひと言。イナカでも会社は朝の9時からが普通だろう。娘の一人は歩きの通勤も一応考えたが「坂道が多く片道30分も歩くのはたいへん」という。開いた口がふさがらないとはこのこと。

青森県の大間ではマグロ漁船が燃料費の高騰で「このままでは廃業だ、それでも良いのか!」と脅しをかけている。大間の天然マグロは天文学的な値段(年間で数本釣れれば採算が取れるという)。味は冷凍物と変わらないし、大間マグロを有り難がって食べるのはこんなことでしか見栄を張れない成金ぐらいなものだ。廃業されても一向に構わないと思う。

乳価が上がらないので北海道の酪農家がたいへんだという。でも彼らの年間所得は数千万円を超えているのではないのか。もともと高額所得者だ。

NHKは今に外国からは食糧は入ってこなくなると危機感を煽り、ニッポンの農村がつぶれてもいいのかと脅し、強引に財政や価格上昇を通じて更なる都市から農村への所得移転の必要性を訴える。あんたたちは本当には国民の味方なのか?

地方へのバラマキ政策のおかげで日本国民はどんどん貧しくなっている。都市住民の生活は自己防衛するしかない。つまり:
  1. 脂でベトベトした国産ブランド霜降り牛肉は食べないこと。

  2. 真冬にじゃぶじゃぶ石油を使って温室栽培されたミニトマトなんか食べないこと。

  3. バカ高いブランド米なぞは食べないこと。

  4. 大間の天然マグロなぞは食べないこと。一個10万円のメロンやマンゴーなぞは食わないこと。

  5. そもそも食い物を食べ過ぎるとメタボになるので出来るだけ食わないこと。「質実剛健」をモットーに、食べるなら出来るだけ安くてまっとうな輸入食品を食べること。食い物に見栄を張る人間はカッコワルイのである。

NHKなどに振り回されていると、あなたの老後は悲惨。高い国産食い物にボラレまくって、イナカへの所得移転に貢献し、その結果、あなたの老後は野垂れ死にだ。


サイト内関連記事

9/12 Today マラトンの戦い (BC489)……奇しくも小泉自民大勝利の日(2005)

ギリシャ征服を目指してペルシャ王ダリウスは大軍を率いてギリシャのマラトンに上陸。迎え撃ったのは約一万のギリシャ重装歩兵(ファランクス)。絶対優勢を自負していたペルシャ軍はギリシャ軍の果敢な攻撃に前に大敗。勝敗の結果を伝えるためにマラトンからアテネのパンテノンまで42キロを駆け抜けた兵士ペイディピアデスは「われ勝てり」と叫んで息絶えた。これがマラソン競技の起源。

このマラトンの戦いの日に、小泉自民党も「われ勝てり」と言うことになった(2005年の郵政民営化選挙)。ご同慶の至りであったが、なんのための勝利かということが重要。戦争だったら勝ってしまえばそれで終わりだが、選挙は兵隊数の決定にしか過ぎない。増えた兵隊を使って、弱った敵を徹底的にやっつける本当の戦争目的を貫徹すべきであった。しかしご存じの通り、小泉改革は中途半端に終わり、続く安倍、福田には全くやる気がなく、大っぴらなサボタージュが続いた。小泉純一郎は、マラトンの戦いでの兵士ペイディピアデスのように、「われ勝てり」と叫んで息絶えてしまったのであった。

閑話休題。オリンピックのマラソン距離は 42,195 M と決められている。なんでこんな端数がついているのかというのが本題。

散人はずっとマラトンの野からパンテノンまでの距離を正確に計測した結果だと思っていた。でもそうではなかったようだ。

つまり最初のうちのオリンピックでは、コースの距離は40km前後であればよく、一定していなかった。1908年第4回ロンドン・オリンピックで、マラソンコースをウィンザー宮殿からシェファード・ブッシュ競技場まで42キロメートルと決めたのだが、あとで女王様が座る座席の前にゴールラインを置くのがいいとかの議論があり、ゴールラインをいじくったらしい。それで端数がでてしまった。

ところが1924年の第8回パリ・オリンピックから、マラソン競技の距離はすべての大会で厳密に同じであるべきだと誰かが言い出して、第8回パリ・オリンピック開催に先立ち、基準としてこのロンドン大会のコースを正確に計測した。それが42.195キロだった。以来公平を期すために、この中途半端な距離で競技を実施することに決まったとのこと。理屈っぽいフランス人のやりそうな事である。

2008年9月11日木曜日

「"マーベリック"をホワイトハウスに!」(ペイリン共和党副大統領候補)

今晩のNHKで報じられていた発言だが、これは名言だと思うので収録。選挙はケンカ。知力と腕力の強い方が勝つ。共和党のブレインはやっぱりすごい。

マケインは「改革」を先取りしてしまった。「改革」がバッドワードとなってしまったニッポンとは違って、米国では、改革なしには将来はない、とみんなが信じている(そうだね、ブッシュ君があれだけめちゃめちゃにしてしまったから)。オバマはとても頭がよいが、やっぱりバラマキをやるだろう、と見られてしまう。アメリカの納税者はバラマキが一番きらい。おまけにだめ押しが「豚に口紅」発言。これはまるで「PC」でない以上に、「タッチ・オブ・クラス」が決定的に欠ける(下品だということの上品な表現ね)。これは後々まで尾を引くと思う。

本題の「マーベリック」とは何か。字引:
maverick - Definitions from Dictionary.com: "American Heritage Dictionary -
An unbranded range animal, especially a calf that has become separated from its mother, traditionally considered the property of the first person who brands it.
One that refuses to abide by the dictates of or resists adherence to a group; a dissenter.

adj. Being independent in thought and action or exhibiting such independence: maverick politicians; a maverick decision."
映画「トップガン」でトム・クルーズ演じる空軍パイロット(コード名マーベリック)だと思えばいい。アメリカの永遠のヒーロー・イメージだ。でも、ニッポンでは「空気が読めない」として村八分にあう運命のキャラ。戦争になればどっちが勝つか? 「トップガン」を見ればわかる。

山中湖バス釣り:11日 今日は - center-fieldの日記

なんか相当厳しい状況みたい:
11日 今日は - center-fieldの日記: "現在の山中湖はバスはかなり広範囲に散らばっていて、1匹釣るのもかなり難しい状況です"
バス釣りについての考え方を変えなければならないようだ。釣れなくて当たり前なのだ。絶滅寸前の幻の巨大魚ブラックバスを山中湖で追いかけることを老後の生き甲斐にしよう。

テレビの釣り番組を見ていると、一日がかりで一匹も釣れないという番組によく遭遇する。なんであんなので面白いのかと海釣りを馬鹿にしていたが、彼らによるとこれこそ釣りの醍醐味なのだそうだ。山中湖もその「醍醐味」が味わえるようになっているようだ。

アップル、リコメンド機能を搭載した「iTunes 8」は Genius だな

iTunes を起動すると新しいのに替えろと言うのでアップデートした。Genius なる新機能が付いている:
アップル、リコメンド機能を搭載した「iTunes 8」: "iTunes 8では、楽曲のリコメンド機能「Genius」を搭載。楽曲を選択してGeniusボタンをクリックすると、iTunes側で相性が良いと判断した楽曲を集めてプレイリストを自動で作成する。Geniusで作成したプレイリストは、9月10日に発表された新型のiPod touch、iPod nano、iPod classicに加えてiPhoneで利用できる。"
アップル(Genius)が勝手にあつらえてくれる「プレイリスト」が面白い。いろんな作曲家やジャンルの曲をまぜこぜにした変なミクスチャーなのだが、それでもおいらの好みをよく研究しているようで結構楽しめるのだ。

でも、この Genius をオンにするためにはアップル様に iTunes 内のすべてのミュージック情報を「奉納」しなければならない。別に秘密にするものでもないし、恥ずかしいこともないし、おいらは平気だが、杉並区民みたいな「個人情報絶対秘密主義者」にはちょっと抵抗あるかも知れない(あの住基ネットは便利。山中湖村で新宿区の住民票が手に入る。杉並区民はそれが出来ないので可哀想)。

アップルはこの情報をちゃっかり商売に利用している。「この曲にはこの新曲が相性が良い、これがあるともっといいプレイリストが出来るよ」と売り付けるのだ。まあ、これも顧客サービスか。

9/11 Today アジェンデ大統領爆死(1973)……もうひとつの9.11事件

「9.11」事件の日。米国での同時多発テロが有名だが、むかしむかし同じような事件が南米のチリでもあった:
サルバドール・アジェンデ - Wikipedia: "サルバドール・アジェンデ博士 (Dr. Salvador Isabelino del Sagrado Corazón de Jesús Allende Gossens, 1908年7月26日 - 1973年9月11日)は、1970年から1973年までチリの大統領。チリ国立大学の医学部を卒業した後、チリ社会党結成に参加したアジェンデは、1938年に急進党を中心とする人民戦線政府に保健大臣として入閣、その後社会党と共産党の連合である「人民行動戦線」から1958年と1964年の大統領選に出馬した。1970年の大統領選挙に、アジェンデは従来の人民行動戦線から参加政党が拡大した人民連合の統一候補として出馬し、得票率が対立候補を僅差で上回った。憲法に則り、最終決定は議会で行なわれることになった。各党はアジェンデを支持、チリ史上初の自由選挙による社会党政権が成立した。1973年の総選挙で人民連合は大統領選よりさらに得票率を伸ばした。これらの工作によるアジェンデの排除が不可能と考えた反アジェンデ勢力は、アメリカの支援と黙認の下で、武力による国家転覆を狙うようになった。

6月には軍と反アジェンデ勢力が首都のサンティアゴの大統領官邸を襲撃するが失敗した。だが、9月11日に、アウグスト・ピノチェト将軍が率いる軍が再度大統領官邸を襲撃した(チリ・クーデター)。アジェンデは軍と大統領警備隊の間で砲弾が飛び交う中、最後のラジオ演説を行なった後、軍に殺害された(自殺という説もある)。ラテンアメリカで単に「9.11」というと、アメリカ同時多発テロ事件ではなくこの事件を指す。"
大統領官邸は空軍機からのミサイル攻撃を受けて完全に破壊された。大統領官邸は市街地にあるが、まさにピンポイント爆撃が功を奏したのである。いい加減なチリ空軍パイロットにしては出来過ぎとの話もある。

テロは嫌い。テロを引き起こすのは「思いこみの強い」連中。だからなんであれ「思いこみの強い」連中は嫌い。

2008年9月10日水曜日

NHK「クールジャパン」は、とてもカッコワルイ!

夕方見ていたNHKの番組「Cool Japan」。「ニッポンはカッコイイのだぞ〜!」となんでもニッポンの風習を正当化してしまうのが番組の趣旨。ゲストの「傭われ外人」から手放しの「ニッポン賞賛発言」を引き出して自己満足し、少しでも「ちょっとおかしいのでは〜」という趣旨の発言が出ると司会のオヤジが高圧的に封じてしまうのがいつものやり方。今日は日本の台所は狭いくせにやたらに物で溢れすぎているのではないかと言うことについて。ちょっと考えさせられた。

日本家庭の台所は狭いくせにやたらに食器が多すぎるのではないか、とても雑然としているという「外人」のコメントがあった。食器にしても包丁にしても、数と種類が多すぎてとても収納できない状況になっているというのだ。やや同感。司会のオヤジはこれこそがニッポンの伝統であり現代日本の豊かさを象徴するのだと強引にねじ伏せていたが、そうでもないだろう。むしろこういう風潮こそが日本の貧しさの原因になっている象徴的な現象だと捉えるべきではないか。

中国の家庭では包丁は一本、鍋は中華鍋だけ。ドイツの家庭でも包丁は通常一本で済ましお皿の種類の一種類。それなのになんで日本の主婦はあれほど多くのお皿と包丁を買い集め狭い台所に収納しようとするのかと「外人」は疑問を呈する。それがニッポン文化だとする司会の強弁には昔の日本を知っている身としては同意できない。普通の日本家屋としてはとても贅沢な家屋である新宿の林芙美子記念館を見ればよい。彼女が凝りに凝ったという台所はとても質素だ。現代日本の台所の方が異常なのだ。

戦後、マカロニグラタンというものが日本に持ち込まれ、家庭の主婦はこぞって「グラタン皿」という一人前のグラタンを供する舟形のお皿を家族の数だけ買ったことがあった。アホだ(あんなものは日本以外では見たことがない)。それをいまだに引きずっていて外国料理にはそれなりの食器が必要だと思いこんでいるのだ。また日本の中でもきわめて特殊な料亭料理の真似を家庭でしようとしていることもある。台所が食器であふれるわけだ。ハウスメーカーはこぞって台所の収納に工夫をしてやたらになんでも収納できるようにするが、マッチポンプで追いつかない。

包丁の数にこだわるというのは、ニッポンの悪しき職人文化だ。彼らの趣味と見栄の拘りこそが流通コストを引き上げ消費者に迷惑を掛けると言うことは安土敏が20年前に喝破した事実。その職人の真似を家庭の主婦がしている。これでは救われない。

現代ニッポンの「おいしいもの」への拘りは、遡れば江戸時代の食い物オブセッションにつながる。紀田純一郎によれば、江戸時代の金持ちは、いくらお金を儲けても身分制度のおかげで己の地位の向上の機会が断たれていたため、やむなく大金をばらまく「刹那的」な消費(初物食い)などに逃避したという。現代日本でもこのような「逃避的」な消費性向が見られると云うことは、悲しいことである。

このどうでもいいことへの異常な「拘り」は、10万円のマンゴーやメロンに有り難がることに繋がり、ついでにクマしか通らない道路や釣り堀としか使っていない漁港の岸壁の建設などに貴重な資源を浪費してしまうことに繋がった。おかげでニッポンはすっかり貧しくなってしまったのである。

このような「ちょっとおかしい」ことは、外部(第三者)からでないと見えない。「ちょっとおかしいのでは……」という外人発言をNHKが高飛車に押さえつけているようでは、ニッポンの発展はないように思う。

9/10 Today 川中島の戦い(1561)……「勇猛果敢戦略不在」

昨日はほとんど単独で立ち上がり2ヶ月あまりの間に帝位を「簒奪」した剛胆な男(天武天皇)を紹介したが、今日は日本で最強の軍隊を持ちながら10年も都に攻め上ることなく「局地戦」を続け信長に天下を奪われてしまった男たちのご紹介。川中島の戦いだ:
川中島の戦い - Wikipedia: "川中島の戦いの主な戦闘は、計5回、12年余りに及ぶ。実際に「川中島」で戦闘が行われたのは、第二次の犀川の戦いと第四次のみであり、一般に「川中島の戦い」と言った場合、最大の激戦であった第4次合戦(永禄4年9月9日(1561年10月17日)から10日(18日))を指すことが多く、一連の戦いを甲越対決として区別する概念もある(柴辻俊六による)。

後年、天下統一をなした豊臣秀吉が川中島の地を訪れた。人々は信玄と謙信の優れた軍略を称賛したが、秀吉は「はかのいかぬ戦をしたものよ」となじった、という話が伝わる。狭い川中島を巡る局地戦で、信玄と謙信が兵力と10年以上の時間を浪費したため、いたずらに信長の台頭を許す結果になったと、古来、多くの論者がこの戦いを評している。それゆえに、信玄・謙信は、所詮は地方大名にすぎず、天下人となった信長、秀吉の方が器量は遥かに上であると断ずる作家や評論家は多い。"
でも日本人にはとても人気がある。なぜか?

武田と上杉の戦を示した地図を見ると、戦のほとんどは信州(長野県)で行われたことが分かる。長野県の人はエライ迷惑だっただろうが、信州は一種の「舞台」で、その舞台に武田と上杉という千両役者が登場して「見得」を切り合っていたと言うところか。歌舞伎と同じ。だから江戸庶民に人気があったのである。

その点、冷徹な戦略家であり確実に結果を出した源頼朝はあまり人気がない。ニッポン人は昔から「結果重視」は嫌いなのである。

2008年9月9日火曜日

NIKKEI :三笠フーズ、長期保管で農薬薄める? 事故米、自社倉庫に1年以上

なんかマスコミはこの事件で大いに盛り上がり。農水省はここぞとばかりに得意げ:
NIKKEI NET(日経ネット):社会ニュース-内外の事件・事故や社会問題から話題のニュースまで: "米粉加工会社「三笠フーズ」(大阪市北区)がカビ毒や残留農薬で汚染された「事故米」を食用に転売していた問題で、同社が殺虫剤「メタミドホス」が検出されたもち米について、1年以上長期保管する手法で農薬の濃度を薄めていたことが9日、分かった。カビ毒などの汚染部位を除去する手口に比べ容易で、偽装にかかる費用を抑えたうえで利ざやを得ていたとみられる。"
でも記事で紹介された専門家の見解(ネットでは省略されている)では、一年以上も倉庫で保管すれば農薬成分は揮発して無害になると言う。だったら、なんで農水省はこのコメを市場から隔離しているのだ? とてももったいないことではないのか。

無害で安いなら、おいらも買いたい。けれども買えない。農水省が隔離してしまうからだ。輸入米はわざと腐らせて処分してしまうのがあいつらのやりかた。そんなことをやっていながら、食糧危機だとか、食べ物を大切にしようとか言っているのは、片腹痛い。

9/9 Today 天武天皇没(686)……「勇猛果敢首尾一貫」

壬申の乱で勝利した大海人皇子(天武天皇)が死んだ。
天武天皇 - Wikipedia: "天武天皇(てんむてんのう、舒明天皇3年(631年)? - 朱鳥元年9月9日(686年10月1日))は、『皇統譜』によると第40代に数えられる天皇(在位:天武天皇2年2月27日(673年3月20日) - 朱鳥元年9月9日(686年10月1日))。"
その決断力と行動の速さでとても魅力的な人物であった。膠着して退嬰しきった社会を改革するにはこのような人物が必要なのだ。

天智天皇からの譲位の持ちかけを陰謀と見抜き、即日頭をまるめ僧形になり近江京から吉野に逃げる。「虎を野に放てり」とはこのこと。すぐあとの672年6月24日、追っ手を避けて40名あまりで吉野を脱出。27日には関ヶ原に達し、実に数万人の兵を動員。7月23日には近江大津の朝廷軍を全滅させ、直前に病死した天智天皇の子で即位していた弘文天皇を自死に追い込む。8月25日には戦犯処分、9月15日には飛鳥に帰還、この年の12月に飛鳥浄御原宮で即位して、天武天皇となった。まさに人間業ではなかった。

柿本人麻呂はこう唱った:
大君は 神にしませば 水鳥の すだく水沼(みぬま)を 都となしつ

「天武天皇は神様だからこのような水鳥しか住まなかった沼を新しい都(飛鳥浄御原宮)に変化させたのである」というような意味だが、大海人皇子の疾風迅雷の神業に当時の宮廷人たちが絶大なる畏敬を抱いていたことが分かる。この権威は続く持統天皇にも引き継がれて行く。彼女は大海人皇子と一緒に吉野を脱出した、いわば一番最初からの戦友だから当然といえば当然。

この話はどう見ても日本史とは思えないが、日本にもこういう歴史があったのだ。若い人たちも、無能な既得権集団の日本支配はぶっ倒すという気概を持って欲しいな。

2008年9月8日月曜日

9/8 Today 明治改元 (1868)……「一世一元」で事務合理化

慶応4年のこの日、年号を明治と改めるとともに、以後、一天皇は一年号とするべきこと(一世一元の制)を定めた。
一世一元の詔 - Wikipedia"一世一元の詔(いっせいいちげんのみことのり)は、慶応4年9月8日(グレゴリオ暦1868年10月23日)、慶応4年を改めて明治元年とするとともに、天皇一代に元号一つという一世一元の制を定めた詔。明治改元の詔ともいう。原文「太乙を体して位に登り、景命を膺けて以て元を改む。洵に聖代の典型にして、万世の標準なり。朕、否徳と雖も、幸に祖宗の霊に頼り、祇みて鴻緒を承け、躬万機の政を親す。乃ち元を改めて、海内の億兆と与に、更始一新せむと欲す。其れ慶応四年を改めて、明治元年と為す。今より以後、旧制を革易し、一世一元、以て永式と為す。主者施行せよ。」"
これでしょっちゅう元号を替えるという無駄が解消された。

年号を定めるようになったのは持統天皇の次の文武天皇の代かららしい。年表をみると、それまでは年号はなく天武天皇の時代とか持統天皇の時代と書いてある。文武天皇の5年目、対馬から金が出たので「大宝」と年号を定めた。以来、天災地変などを理由に頻繁に年号を改元してきた。後醍醐天皇などは8回も改元している。その都度たいへん繁雑な事務手続きがあった。でも改元しても世の中は変わる訳でもなく、時間と労力の無駄遣いだった。そのことにようやく気がついたのだ。

現代でも、いろんなところに時間と労力の無駄遣いをやっている制度が多い。でも無駄を止めると仕事がなくなってしまうので「存在するものはすべて合理的である、これは美しいニッポンの伝統だ」と屁理屈を付けて合理化に反対する既得権者が多い。困ったことである。

2008年9月7日日曜日

日経ヴェリタス:新・配当利回り革命、投資尺度の主役に……何を今さら

今週号の「日経ヴェリタス」のカバーストーリー。配当利回りが投資尺度の主役になってきたという。何を今さら! おいらは去年からそれ一辺倒でやって来たぞ。

普通の日本企業の株を持っている方が日本国債を買うより有利。おまけに「お上」はインフレになっても通常の国債の利率は上げないが(それが「徳政令」含みの国債発行の狙いだから当たり前だが)、企業はインフレになったら儲かるので配当性向を上げる。どっちが得かは明白だろう。

それでも日本国債を買う人は、日本株はまだまだ下がると見ているのだろうが、こういう「悲観主義」に陥っている人間は「非国民」と言われても仕方がない。ニッポン政府自身が「国債を買え、株は買うな」と日本国民が「非国民」になることを奨励しているとすれば、国家ぐるみの売国行為だ。

ただ、あいつらはいろいろ手段を講じてくる。世界的に見て異常に高い日本の法人税率は企業の配当性向(なかんずく配当利回り)を押し下げざるを得ないが、これもニッポンのお役人が考えた政府の借金棒引きのために国民に国債を売りつける「深慮遠謀」からかも知れない。くわばらくわばら。

とにかく、トヨタの配当利回りは2.75%。日産は4.64%。もっと配当利回りの高い株もいくらもある。ジャンクすれすれの日本国債の利回りを遙かに上回るのだ。おまけに税金が10%で済む。

4〜9月期決算企業の中間配当の権利付き最終売買日は9月の24日。今どきのバラマキ日本政治では日本株の中長期的キャピタルゲインは期待できないけれど、生きているうちに確実にリターンを手に入れたいと考える人は配当利回りの高い日本株を買うのがいいと思う。

雷が来ると新宿で衛星放送が見られない!

急に衛星放送が見られなくなった。「アンテナの接続がおかしい」とかの表示が出る。NHKのみならず他の番組でも。

雷が鳴っているから、都市部では高層ビルの関係で受信状態がよくないのかも知れない。しかし、それではあまりにお粗末だ。

NHKは高い受信料をみんなから(そのほとんどを都市住民から)ぶんだくっているんだから、この辺ちゃんと対策を考えて欲しい。富士山のてっぺんに住んでいるわけでもないのだ。

NHKは遠隔地や過疎地の受信状況改善にはばかばかお金を使って熱心だが、ニッポンの「首都」では、雷が来たり、ちょっとビルが横に建っていたりなんかすると、とたんに「公共放送」が見られない。いかに都市がNHKに軽視されているかと言うこと。世界でもニッポンだけか。山中湖では雷が来ても衛星放送はちゃんと入るぞ!

2008年9月6日土曜日

9/6 Today 黒澤明が死ぬ(1998)

今日は黒澤明の命日だった:
黒澤明 - Wikipedia: "黒澤 明(くろさわ あきら、新字体:黒沢、1910年3月23日 - 1998年9月6日)は、日本の映画監督。稲垣浩、小津安二郎、溝口健二、成瀬巳喜男らと共に、世界的にその名前が知られた日本映画の巨匠の一人。日本では「世界のクロサワ」と呼ばれた。米国映画芸術科学アカデミー会員。文化勲章受章。文化功労者。東京都名誉都民。"


映画は娯楽だから楽しければそれでいい。だからなによりも観客を楽しませることを第一に考えるべき。でも人は歳をとるとこの「サービス精神」を忘れるみたいで、晩年の名監督の映画は、えてして自己満足型に陥り、退屈なものとなってしまう。黒澤に限らないけど。

2008年9月5日金曜日

結局、マケインが勝つのだろうな

どう見てもそういう感じがする。オバマは「クロ」だからダメだとか言う議論とは別。「独立自尊」の精神が問われているのだ。

美しい言葉とかには、もううんざり。おいらのカネを他人が勝手に自分勝手に使われるのははもうごめんにして欲しい。アメリカでは、金持ちに限らず、普通の庶民ですらそう考えているようだ。むべなるかなである。

リベラルとかのインテリは、所詮、人のカネで飯を食うことしか考えていないことを米国の有権者は気がつきつつある。えらそうなことを言うなら、手前の生計費ぐらい自分で稼げ!、という大正論が勢いを増している。

ところがニッポンでは、いまだに人のカネをだましてそれで飯を食う連中がのさばっている。何も役に立っていない「お上」のお役人などがその筆頭。続くは、強力な政治基盤にものをいわせて、好き放題にみんなの税金を貪る続けるイナカ利権集団。ところが貧乏な都市大衆は自分が膨大な税金を払っていることにすら気がついていない(なにぶん源泉徴収制度が定着している)。

納税者(都市大衆)は、もっと実態を勉強して、愕然として、その実態に怒るべきだと思う。

「僕もそれが分かるまで、ずいぶん時間がかかったんですけどね」(仲代達也)

何の気なしに見ていたNHKの番組で仲代達也が名言を。対談相手の「超」おばさんが仲代の言っていることは自明のことだと言わんばかりの発言を受けて、仲代がやむなく言った言葉。これは名言である。

歳をとると、はじめて分かることが多くなる。「2001年宇宙の旅」でも主人公は急速に老いるが、でもそれで遂に真実を悟ったとして「素晴らしい!」と叫ぶ。

何が分かるのか? これは云わぬが花だ。

9/5 Today 日比谷焼打事件(1905)……戦争に勝てば儲かるはずと思っていたニッポンの庶民

日露戦争終結のためのポーツマス会議が賠償問題で難航。賠償金はびた一文も取れないと知った国民は、激高して東京市内の交番を焼き討ちするなどの暴徒と化した。戦争で勝てば戦利品を奪うのが当然と思っていたのだ。戦国時代はそうだったからね。
日比谷焼打事件 - Wikipedia"9月5日、東京日比谷公園でも講和条約反対を唱える民衆による決起集会が開かれた。そして、遂に怒りで暴走した民衆たちによって日比谷焼打事件が始まったのである。暴徒化した民衆は内務大臣官邸、国民新聞社、交番などを襲って破壊した。この時、日本正教会がロシアと関係が深かった事から、ニコライ堂とその関連施設も標的になりあわや焼かれる寸前であったが、近衛兵などの護衛により難を逃れた[1]。これにより東京は無政府状態となり、翌9月6日、日本政府は戒厳令を敷くことでようやくこの騒動を治めたのである(戒厳令廃止は11月29日)。
この騒動により、死者は17名、負傷者は500名以上、検挙者は2000名以上(このうち有罪となったのは87名)にも上った。
なお、各地で講和反対の大会が開かれ、神戸(9月7日)、横浜(9月12日)でも暴動が起こった。

この事件の背景として、これに先立つ日清戦争での戦費負担を補って大いにあまりある賠償金獲得により「戦争は勝てば儲かる」という発想が民衆(および新聞社以下マスコミ)にあったと考えられる。いずれにせよ、こうした民衆の姿勢がその後の軍部躍進の一助となった可能性はあるだろう。当時の新聞報道にも、日露戦争を起こすことで収益が上がると軍事行動を支援するような論説が多々見られた。"


あまり「民の声は天の声」なぞと考えないほうが良い例証である。

2008年9月4日木曜日

BS朝日「BBS地球伝説」は、格別によい番組

NHKが性懲りもなくしつこく放映するPC(ポリティカリー・コレクト)的エコロ番組の連続に「フェドアップ(吐き気を催して)」していたら、久しぶりに「さわやかな」エコ番組を見た。BS朝日で毎晩連続して放映しているBBC番組。エゲレス製だからいいというつもりはないが、政治的に偏向したNHKのいわゆる「エコロ番組」と比べると格段によいできだ。

地球の歴史に災害は付きもの。大規模な気候変動、火山の噴火や、台風・ハリケーン、更に山火事。それらの災害は一時的に動植物の生命に大打撃を加えるが、長期的には地球環境と動植物の繁栄にとても役に立っているという。山火事や台風がなくては現在の地球環境は守られなかったのだという。とても説得力のある具体的な説明が続く。

目からウロコの連続。大いに勉強になった。それに比べれば、NHKなどの番組は、エコに存在理由を見いだした農村(現状維持で守られている既得権益集団)やエコで飯を食っている連中の利益を代弁しようとするあまりに、「現状維持」こそがエコロだと牽強付会し地球の自然な進化を妨げているのだ。願い下げだな。

エコロおばさん達は、BBC番組を見て、もっと勉強しよう!


蛇足:明治時代の日本の人口は3000万人。同じく支那には「4億の民」しかいなかった。それがそれぞれ1億3000万人と13億人。どう見ても増えすぎでバブルだ。地球規模の大災害(あるいは大戦争)が将来起こるのは、神様が決められていることかも知れない。

9/4 Today サンフランシスコ講和会議 (1951)……首相の靖国参拝はこの条約違反になる

これでやっと第二次大戦の戦争状態が終わった。8日に平和条約を調印。米国と英国が起草した条約草案をそのまま調印したものだが、現在も有効な国際条約である。戦後の日本はこの条約から始まった。靖国首相参拝について感情的な主張をする人が多いが純粋に法律的な問題だ。靖国神社への首相参拝はこの平和条約に抵触するのである。

平和条約第19条(d)で日本は占領期間中の占領当局のすべての行為を承認している。ということは戦争犯罪人の裁判・処刑も日本国政府として承認したということである。靖国神社に祀られた一般戦没兵士を国家の代表者である内閣総理大臣が敬意を表する事はまったくおかしいなことではないが、知らないうちに日本政府が犯罪人と認定した人物が合祀されてしまった以上、話はまったく別だ。日本国の首相が自分が認定した「犯罪人」に敬意を表する事となるので妥当ではないのである。

解決方法はこれまた全く簡単。どさくさにまぎれて祀られてしまった特定の人物だけの問題であり、解決は戦犯の分祀か新たな国立墓地の新設以外ない。

(参)拙文「靖国神社問題のボタンの掛け違い」

2008年9月3日水曜日

9/3 Today オリバー・クロムウェルが死ぬ(1658)

オリバー・クロムウェル - Wikipedia"オリバー・クロムウェル(Oliver Cromwell, 1599年4月25日 - 1658年9月3日)は、イングランドの政治家、軍人であり、イングランド共和国の初代護国卿である
イングランド東部・ハンティンドン州のピューリタンでありジェントリ階級の地主の家庭に生まれる。ケンブリッジ大学で学び、1628年に庶民院議員となる。清教徒革命では議会派に属し、鉄騎隊を指揮してエッジヒルの戦いやマーストン・ムーアの戦いで活躍し、議会派が鉄騎隊をモデルに組織した新型軍の副司令官となり、ネイズビーの戦いで国王チャールズ1世をスコットランドに追い、議会派を勝利に導いた。内乱の終結後議会は軍の解散を求めるが、クロムウェルは議会派の中でも国王との妥協を赦さない独立派に属し、妥協を求める長老派と対立しており、長老派を追放したクロムウェルは独立派議員による議会を主導、1648年に再び決起したチャールズ1世を処刑し、1649年5月に共和国(コモンウェルス)を成立させた。"
チャールズ一世のクビをちょん切った「英雄」だが、マラリアで死んでしまった。

チャールズ二世が帰ってきて、クロムウェルの墓は暴かれる。生き残っていた家族は斬首刑となった。でもウェストミンスター宮殿前には、今でもクロムウェルの銅像が残されている。時々はこういう人物が出てきてめちゃめちゃやった方が、国の勢いは長続きすると言うことか。


イギリスのジェントリーとは興味深い階級である。要は封建領主だが、商工業者でもお金を払えば領地を購入しジェントリー階級に登ることができた。生産資本はみんなのために開放されていたのである。「親が農民でなければ農地は買えない」とか「親が漁師でないと漁師になられへん」とかいうどっかの国とは昔から大違いだったのだ

2008年9月2日火曜日

福田辞任に大して反応しなかった株式市場

今日の株式市場。終値こそ下落したが、当初は予想外の無反応:
Yahoo!ファイナンス - 株式ニュース - 時事通信社: "株式市場は午後の取引で状況が一変し、下値を模索する展開となった。1日夜の福田康夫首相による突然の辞任表明を受けて、「政治の空白を嫌気した日本からの資金流出」(市場筋)が懸念されたが、ふたを開けてみれば株式市場は至って冷静なスタート。一時は100円近く値上がりし、「福田首相辞任は政局の進展につながる」(大手証券)と、市場関係者からは前向きな評価も聞かれるほどだった。"
政治への「期待値」がこれほどまでに低下していたとは、正直驚き。これは楽観材料なのか、それとも悲観材料なのか。

自民党は誰がなったとして何も変わらない。民主党が天下を取ったとしても、これまたあまり変わらない。既得権集団が思いのままにエゴを主張してみんなのなけなしのお金を蚕食するニッポンはニッポンのままだ……市場はそう見たのではないか。日本市場ですらこれだから、海外市場はこの材料を全く無視。「スターリン暴落」なんて話は大昔の話。福田とスターリンとは比べられるわけもない。

自分の生命・財産は自分で守らなければいけない、今のニッポン国や政治家に期待しても無駄だ……ということだろう。

9/2 Today 「科挙」を廃止 (1905)

科挙とは隋の時代からはじまった官僚登用の試験制度。それまでにも官吏選抜の試験はあったが、主観的で情実が入りやすく、特権貴族階級に有利に行われたので、隋になって客観的で公平な試験により、もっぱら才能によって人を採用する科挙が工夫された。非常にけっこうな仕組みであるが、常にその制度の裏をかく輩が現れたので、公正を期するため様々な改革がなされ、最後はあまりにも複雑なものと化していた。

そこで清朝は遂に科挙を廃止する事となる。日本の場合、明治維新までは官吏選抜の試験はなかったが1894年に高等文官試験制度を整備して、試験による官吏の登用が始まる事となった。中国と逆行する制度の流れであった。その前段階としての大学受験制度が作られ、これがまた受験熱を煽り、その都度公平を期するための制度の手直しが何度となくなされ、日本の「公平で客観的な」受験制度も科挙と同じように複雑なものとなっている。

しかし本当の問題は受験選抜の公平さや制度の複雑性ではないのである。問題はそれが作りだす官僚制度の硬直化なのだ。ようやく日本でも肥大した官僚機構がもたらす諸問題につき認識が広がり、改革が検討されているが、いったん「身分」として既得権化してしまったお役人と「役人仕事」の合理化はなかなか前に進まない。ニッポンは中国に100年以上遅れているのである。

2008年9月1日月曜日

NIKKEI NET(日経ネット):福田首相が辞任表明へ

NIKKEI NET(日経ネット):政治ニュース-政策、国会など政治関連から行政ニュースまで: "福田首相が辞任表明へ
 福田康夫首相は1日夜、内閣総辞職する意向を固め、首相官邸での緊急記者会見で表明する。自民党は直ちに後任を選ぶ総裁選に入る見通しだ。
 福田氏は安倍晋三前首相の突然の辞任を受け、昨年9月26日に首相に就任した。在任期間は1年に満たなかった。
 自民党総裁選には麻生太郎幹事長が名乗りを挙げる見込み。同党内には非麻生候補を推す動きもあり、政局は一段と混迷しそうだ。(21:28)"
いよいよ自民党「ヒャクショウ」政権もこれでおしまい。

自民党は戦後ずっと経済界の味方であるとしながらも実質は経済合理性を無視するヒャクショウ集団の利益代弁政党であった。このヒャクショウ土着勢力の味方と経済合理性の味方を同時に演じようとしてきた戦後自民党政治の矛盾に、いよいよ耐えられなくなったと言うことだろう。あまりにも無理が多すぎた。オタク・ウヨの麻生を持ち出しても所詮小手先。今さらどうしようもない。

ようやく小沢民主党の天下だ。小沢はいままで政権を取ろうとする意欲が先行しすぎて、昨年来、既得権集団で巨大な集票軍団である日本のヒャクショウ集団への媚びを多く打ち出しすぎた。もはやその必要はない。本当の日本の国益を考えて、今までのヒャクショウ向け公約は早々に空手形として反古にするべきである。それでも十分政権は取れる。日本の将来のために小沢の「君子豹変」を期待する。

9/1 Today 関東大震災 (1923.9.1)……その日の荷風

1923(大正12)年9月1日午前11時58分、關東大震災が発生。死傷者20万人以上、行方不明者4万人以上。罹災者であった永井荷風はこれをどう記録したか。

『断腸亭日乗』の当日の記録を見る。克明な描写で大迫力である。ただ『日乗』のこの数日間の記録は多分に創作性が高い(ウソが入っている)との指摘もある。たしかに別の証言と食い違う部分がある。松本哉氏は『荷風極楽』のなかで詳しく述べられている。複雑な家庭の事情が荷風をしてウソを書かせたというのだ。果たしてどうか。

まず荷風の『日乗』の記載から:
九月朔。コツ爽雨やみしが風なお烈し。空折々掻き曇りて細雨けむりの来るが如し。日将に午ならむとする時天地惣鳴動す。予書架の下に座し□□□遺草を読みいたりしが、架上の書帙頭上に落ち来たるに驚き、立って窓を開く。門外塵煙濛々殆□尺を弁ぜず。児女鶏犬の声頗なり。(中略)数分間にしてまた震動す。身体の動揺さながら船上に立つが如し。(中略)物凄く曇りたる空は夕に至り次第に晴れ、半輪の月出でたり。ホテルにて夕餉をなし、愛宕山に登り市中の火を観望す。十時過江戸見坂を上家に帰らむとするに、赤坂溜池の火は既に葵橋に及べり。(中略)葵橋の火は霊南坂を上り、大村伯爵家の隣地にてやむ。吾廬を去ること僅に一町ほどなり。

翌日の二日と続く三日は特に何もなし。余震が続くので荷風は屋内には入らず夜は庭で「露宿」したと書いています。この辺は大迫力の描写なのですが、問題はこの後・・・。
9月4日。コツ爽(朝早くという意味)家を出で青山権田原を過ぎ、西大久保の母上を訪ふ。近巷平安無事常日の如し。下谷鷲津氏の一家上野博覧会自治館跡の建物に避難すると聞き、徒歩して上野公園に赴き、所々尋歩みしが見あたらず、むなしく大久保にもどりし時は夜も九時過ぎなり。披露して一宿す。この日はじめて威三郎の妻を見る。威三郎とは大正三年以後義絶の間柄なれば、その妻子と言語を交わることは予の甚快しとなさざる所なれど、非常の際なれば已む事を得ざりしなり。

この記述について、松本哉氏の指摘は(『荷風極楽』):
  1. 荷風は日記で西大久保には一泊しただけだと言っているが、実際は数泊した。

  2. 下谷には四日の日に行ったと荷風は言うが、実際は五日に行った。

  3. 下谷に行くのに威三郎の妻が荷風に同行したがこれは書いてない。

  4. おまけに荷風は道中朝鮮人と間違われ危うく殺されるところだったのを威三郎の妻が何とか取りなした。また彼女は最後は歩けなくなった荷風を背負って帰ったのに、それも何にも書いてない。

松本哉氏は威三郎のご子息皐太郎と面談されて皐太郎氏の母上からの話としてお聞きになったとのことで、こういう省略をする荷風はあまりに冷たいではないかというもの。

まああまり格好のいい話じゃないので荷風も敢えて触れなかったのでしょう。分からないでもないです。

威三郎の奥さんの話によれば、四日の日、荷風は朝九時頃に西大久保の家に來て門を叩いたが、警戒されて誰も門を開けなかったので、荷風は午後の四時頃まで門を叩き続け、やっと中に入れたとの事(早朝麻布を出れば当然九時には西大久保に着きます)。小生としては夕方まで家に入れて貰えなかった荷風の方が可哀想だと思うけど、まあいろいろ人にはそれぞれの立場があるから仕方がないか。

ちなみにこの話は秋庭太郎の『考證永井荷風』にもっと詳しく、威三郎やその奥さんから直接聞いた話もまじえて記述があります。秋庭太郎は荷風と威三郎家の話の矛盾については淡々と記述するのみで軍配をどちらにも上げていません。でも松本哉は『考證永井荷風』の名前には触れてはいるものの「永井皐太郎の名前が川門清明となっていたりして、そのままでは引用できるものではない」と不採用とされています。

ところでこの川門清明とは誰だろう。永井皐太郎は歌人でもあるようですが、俳人に川門清明という人がいる。ひょっとして同一人物であるのかも知れない・・・。秋庭太郎が書くんだから、単なる間違いではなくなんか理由があると思うんですが、まだ分かりません。

荷風と月。荷風は大震災に当たっても月を眺めています。半輪の月といってますが、さっそく「こよみのページ」で当時の月を調べてみました。1923年9月1日の月は、月齢19.7日、月の出21時29分でした。若干誤差はありますが、おおむね荷風の描写は正確です。


(初出:2004.9.1)


荷風が大好きだった松本哉氏はもう亡くなられた。合掌。

これだけの大災害を出した東京だが、復興に当たって防災対策はほとんどとられなかった(お金がモッタイナイという理由で)。その後再び戦災という大災害にあったが、同じく防災対策は何もとられなかった(同じくお金がモッタイナイと言う理由から)。戦後、地方には空前絶後のバラマキがなされ、巨額の無駄な公共投資が浪費されたが、東京の防災対策はなかったに等しい。安全都市として東京は欧米諸国の首都と比べてもさらに北京などと比べても張るかに見劣りがする。いまだに日本にはイナカ主権主義が蔓延っているからだ。東京に大地震が起こればまた同じことが繰り返される。