2009年10月26日月曜日

「鳩山演説に熱狂する議員たちはまるでヒトラーユーゲントみたい」(谷垣禎一)

これは一応「名言」だと思う。鳩山演説には抽象的な総論が目立ったが、ニッポン人はよく抽象的な言葉に熱狂し、ヒステリーみたいになって踊るのである。戦前の歴史を見ればわかるし、酒井法子に対する国民のリンチ的感情を見てもわかる。これこそファシズムの始まり。谷垣は所詮負け犬だが、負け犬だけに世の中の流れをよく見ている。

誰にも反論できない「総論」をまずぶちあげ、法的拘束力を持たせ、その後で自分の都合のいい「各論」をどんどんやっていく。反対する人が現れれば「あんたたちはわたしの最初の総論に賛成していたではないか、これは決まったことだ」と言ってねじ伏せる。これはニッポンの農水族がノーソンへのバラマキと利益誘導を正当化するために戦後一貫した使ってきた常套手段だった。

鳩山由紀夫もそのへんを見て育ったからよく知ってるわ。

ニッポン人は時々抽象的な言葉に踊らされるという点について、塩野七生もいいことを言っている:
「安倍さんには芸がない。日本人は時々狂ったように抽象的なことを言い出す」(塩野七生、日経インタビュー)‥‥女史この他にも名言を大連発!

3 件のコメント:

アクエリアン(略称:アク) さんのコメント...

余丁町散人さんの書かれるものには、日本人の政治についての成熟度に対する失望感があらわれされている。今回の政権交代は、その点では、多少なりと進んだかなと思わせる変化。鳩山首相の所信表明演説も、その前進の表れと見える。それに対して谷垣氏のナチ呼ばわりは、全く失望させられる。せっかくの局面でのこのようなコメント。こういうとんでもない不毛なやりとりを超えていかないと、日本の政治状況は変わらないのではないか。

余丁町散人 さんのコメント...

アクさん、どうも。小生が危惧するのは、最近ニッポンで「総論」から入っていく議論が増えすぎたこと。農業基本法とか教育基本法とか「基本法」というものにはだいたいろくなモノはない。塩野氏がいうように日本人はもともと「各論」で勝負してきた民族(カイゼンなんてのはその最たるものでしょう)。あまり慣れないことはしない方がいい。またニッポン人は昔からみんな一緒に走り出すととことん行かないと止まらない民族。鳩山氏の演説とみんなのリアクションにはそういう懸念があります。

アクエリアン(略称:アク) さんのコメント...

そうですね。小泉政治以降、「総論」めいた流れに世論が大きくぶれている傾向があります。ただ「ヒットラー呼ばわり」を名言としては、その流れから脱することは出来ないでしょう。民主政権での「各論」を、そう早急に結論を出さずにに見ていきたいものです。