2010年1月1日金曜日

年の始めに「日々是好日」と「長生きリスク」を考える

おいらは年賀状は書かないのだが貰うと嬉しい。同級生に抹香臭い男がいて、毎年正月にはわれわれ凡人の精神修養のための言葉を送ってくれる。今年は中部経典131『日々是好日』。ネットで原文を見つけたので書き写さなくてもいいので楽。これ:
スリランカ寺関西 兵庫県伊丹市にあるテーラワーダ仏教のお寺: "「日々是好日」経  (中部経典131)

過去を追いゆくことなく また未来を願いゆくことなし
過去はすでに過ぎ去りしもの 未来はまだ来ぬものゆえに
現に存在している現象を その場その場で観察し
揺らぐことなく動じることなく 智者はそを修するがよい
今日こそ努め励むべきなり 誰が明日の死を知ろう
されば死の大軍に 我ら煩うことなし
昼夜に怠ることなく かように住み、励む
これまさに「日々是好日」と 寂静者なる牟尼は説く"

「過去はすでに過ぎ去りしもの、未来はまだ來ぬもの」という言葉は、いいですな〜。座右の銘にしよう。

でもやっぱし気になることがある。「過去に執着するな」というのはよい。しかし「未来に恐れをもつな」というのは、果たしてどうか。お釈迦様は「死を恐れるな」という風におっしゃっているようだが、おいら団塊の世代以上の高齢者が恐れているのは死ぬことではない。逆に長生きしすぎることが心配なのである。いわゆる「長生きリスク」として10年以上前から恐れられてきたことだが、いまだに有効な対処法がないのである。だから高齢者は倹約するしかない。高齢者はおカネを持っているはずだ、なぜ全部使わないのだとエライ評論家センセーたちは年寄りを非難されるが、平均寿命までに貯金を全部使い切ってしまった後で、不幸にも長生きすることになってしまったらどうするのか。その時はいさぎよく飢え死にしろと言うのも理屈ではあろうが、おいらはいやだ。

ところがフランスでは19世紀の段階で既にこのリスクへの金融的対処方法が、何らの余分の税金を使うことなく民間ベースで実現されていた。なぜニッポンでは無理なのかを考えてみる(面白いので「続きを読む」をクリックしてください)。

フランスの年金制度というのは面白い。バルザックなんか読むと詳しく分かるが、公的年金制度ではなく、数多くの民間年金システムが存在した。条件は「相対」で決まる。面白いのは年寄りが考えている自分の生存年数は普通の平均寿命より長いのが普通で(みんな自分だけは長生きすると思っているのだ)、年寄りに年金を売り付けるのがいい商売となる。でも一生一定のおカネが保障されるというのは安心感があり、おかげで19世紀末期のパリには「ランティエ」という巨大な年金生活者層が生まれ、彼らの生活パターンは一つの文化となった。安心があると年寄りもお金を使うのだ。しかしいまのニッポンでそんな安心感があるのは戸別所得保障制度がある農家ぐらいなもん。

モーパッサンにもこの種のお話しが出てくる。強欲な婆さんの家を、婆さんが生きているうちは毎月これだけ払うが死んだら家を貰うという条件で買ったのはいいけれど(今のリバースモーゲッジですな)、婆さんはなかなか死なない。困り果てた買い主は婆さんに酒をプレゼントし飲酒癖を植えつけ、うまいこと肝硬変で死なせることに成功しみんなハッピーになりましたとさ、というモーパッサン一流の「ノット・ポリティカリーコレクト」な小説である。

必要は発明の母であり19世紀フランスでは市場のニーズに沿った多くの「金融商品」が市場に提供されていたと言うことである。ところがいまのニッポンではこういった商品はきわめて限定されている。なぜか。銀行側や若い世代がリスクを取らないからだ。現在のリバースモーゲッジは超保守的な前提に立っているもので、おいらみたいな酒飲みで危険なスポーツが好きな人間は早く死ぬはずなのでもっと良い条件を提供しても貸し主は十分儲かると思うのだがそういうオファーは残念ながらない。みんな一緒に仲良く平等なシステムなのである。リスクを取らない資本主義は資本主義ではない。市場が機能していないという意味で、現代ニッポンの資本主義は19世紀フランスよりも程度が悪いのである。

年寄りに金を使わせようと思うなら、若い世代は果敢にリスクを取り年寄りをネタにして儲ける知恵を働かせるべきだと思う。アガサ・クリスティー流の相続目当ての殺人事件が多発することになるかも知れないが、そんなのもスリルがあって面白いではないか。

2 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

マルティニークより、あけましておめでとうございます。

現在、フランスで勤務するものですが、フランス滞在11年目ににして、海外領土たるものを知らずにいることを「恥」、この地へと、年始年末はバカンスをかね、やってきました。

バカンスとはいうものの、やはり、「フランスの地方・海外領土への財政処置」が気になり、元旦早々、ネットで調べ物をしておりました際、橋本さんの2002年のルモンド記事紹介のページへとたどり着きました。

アコード社(偶然にも、現在、そのホテルに滞在)の言い分は、広義の意味で、途上国への海外援助の経験そのもののようであり、ODAに関する常なる課題だと思います。以前、仕事で政策レビュー・提言を行ったモーリシャスにもよく似た状況のように思いました。(2国以上による植民地支配の経験、観光産業やさとうきび産業の比較優位低迷、援助慣れ風土など)。

また、「援助」の問題ですが、根底には、先進国内においても相通ずる、「社会保障を手厚くするか、そのことによりかえって、労働意欲・インセンティブをそいでやしないか」という常なる政策ジレンマも考えさせられます。

橋本さんの投稿記事を読みながら、そんな思いを馳せらせ、2010年を迎えています。

また、ブログにお邪魔します。どうぞ、佳き一年をお過ごしください。

余丁町散人 さんのコメント...

こんにちは、どの記事に対するコメントか分からないのでサイト内を検索をしてみました。このエントリーですか?

Le Monde 抄訳 (余丁町散人): "éditorial du Monde
Les Antilles en danger (2002.11.12) ルモンド社説 アンティル諸島は危機に直面している"

ずいぶん前に書いたものですっかり忘れておりましたが、お目にとまったようで光栄です。ニッポンでは「国内経済」で同じ問題がシアリアスになっています。人間はすべて同じですね。

これからもよろしく。