2012年10月14日日曜日

10/14 Today ノルマン・コンクエスト ヘイスティングズの戦い( 1066)

ノルマン・コンクエストThe Norman Conquest of England)は、ノルマンディーギヨーム2世によるイングランドの征服。ヘイスティングズの戦いでイングランドの国王ハロルド2世は戦死。フランスのノルマンディー地方に住み着いてフランス語を話すようになっていたヴァイキング(ノルマン人)がイングランドを征服した。イギリスはこのときからしばらく、フランス語を公式言語として使用することとなる。被征服民族サクソン人は豚(サクソン語で pig)を飼い、征服者のノルマン貴族は食卓で豚〔フランス語で pork)を食べることになった。同じ豚でも、サクソン人が豚小屋で飼っているうちは pig と呼ばれ、ノルマン人が食卓で食する段階になると pork と呼ばれたのである。屈辱的だが、王様が戦で死んでしまったからには、仕方がなかった。でもこのことは、英語の語彙を極めて複雑で豊富なものにし、膨大なシェークスピア戯曲を生むことにも繋がった。人間すべて塞翁が馬なのである。
ヘイスティングズの戦い - Wikipedia: 決戦は10月14日朝に始まった。ノルマン軍は短弓やクロスボウを装備した弓兵に援護させながらの騎兵による突撃を繰り返したが、丘上に布陣したイングランド軍は長大な戦斧を装備した重装歩兵による密集陣形でこれに応じ、昼までに戦闘は膠着状態に陥った。この後に何が起こったかについては諸説あり、ノルマン側の弓兵がハロルド軍の前衛の盾の列の後方に攻撃を集中した結果、イングランド軍の陣形が綻んだとの説や、ギヨーム2世が退却を装ってイングランド軍の前衛を突出させたところで反転攻撃に転じたとの説もある。いずれにせよノルマン軍はイングランド軍の陣形を崩すことに成功し、ハロルド2世は戦闘中に落命した。

『アイバンホー』を読むとノルマン征服後のサクソン人の暮らしがどんなだったかわかる。貧乏だったが一応サクソン貴族も存続は許されていた。ユダヤ人たちが虐められていたのも分かる。閉鎖社会がグローバル化する過程においては、いろいろ摩擦も生じる。しかし時間が経つにつれ、人々は現実対応で折り合いを見つけ出してゆく。

2 件のコメント:

DrBlue さんのコメント...

集英社新書の英仏百年戦争を読みましたが、あれは仏仏戦争だったと目からウロコでした。後世の英国側の歴史観しかしりませんでしたから。政治経済用語の英語はすべてフランス語由来。 英仏百年戦争は有名ですが、実際にはフランス人同士の戦い。つまり、英国側とは行っても領主というか王はフランス貴族で、イングランドの支配者階級はフランス人だったわけで、英仏戦争とは言っても、フランス王国の主導権争いであって、たまたま領地がイングランドだったフランス貴族が英国側だった。

橋本尚幸 さんのコメント...

DrBlue さん、お久しぶり。あの時代は「国籍」という意識はすこぶる希薄ですよね。イギリスはボルドーやブルゴーニュなんかに攻めていきますが、もともとおいらが住んでたところだからと「外国」に攻めていくという意識もなかったみたい。ジャンヌ・ダルクもブルゴーニュの地元勢力に火炙りにされたとするべきか英軍に火炙りにされたと見るのか、これまた微妙。グローバル化とはこういう状態だったのだと今さらながら納得。