2013年8月26日月曜日

ヴェルナー・ゾンバルト『恋愛と贅沢と資本主義』(講談社学術文庫)

タイトルが面白そうだったので読んだら、きわめて真面目な本であった。貴族社会の放蕩息子たちの女性誘惑のために行った際限ない浪費と、カッコヅケと見栄と顕示欲に基ずくアホらしい贅沢消費パターンが、徐々に大衆化(ブルジョワ化)していったことこそが、現代資本主義を発展させる鍵となったという分析。具体的詳細なデータが散りばめてあって、その意味では楽しいけれど、マックス・ウェーバーの言うプロテスタンティズムの勤勉さこそが資本主義を発展させたという「正しい」理論とはまるで逆ではないか。著者はウェーバーと同時代のドイツ人だというのだから恐れ入ります。でも言っていることが一理も二理もある。資本主義というものが急に胡散臭いものに見えてきてしまった。考えさせられる一冊である。

恋愛と贅沢と資本主義 (講談社学術文庫)

贅沢消費が経済を発展させると言うことは事実。安倍のボクちゃんも同じことを目指している。ヴェブレンがいうように中世から近代にかけて急増した経済的生産物とはそのほとんどが衒示的消費のための贅沢品だったから、現代社会で言う「消費」とは当時の「贅沢消費」と変わらない。それが経済全般を引っ張ったことも事実だろう。贅沢品の製造には手間暇が掛かる。雇用も生みだした。しかし逆に河上肇が言うように、それは経済全体の生産資源の配分を歪な形にしてしまったことも事実。でも結果オーライだったこともまた事実。頭が混乱してくる。

しかし重要な点が残されている。いくら贅沢をやろうとしてもおカネがないと贅沢は出来ない。原資となるおカネはどこから来たのかと言うこと。著者によれば当時の贅沢消費の担い手は、1)王侯貴族、2)地代収入を得ている地主階級、3)税金を回して貰っている公務員階級(僧侶、司法関係者なども含め)、3)国債金利収入を得ている資産家・金利生活者、4)香辛料・砂糖などの贅沢品貿易と奴隷貿易で儲ける貿易業者、5)最後に(意外と小さい割合で)製造業者、商人ということ。国の借金が膨らめば膨らむほど贅沢消費が活発になり経済が発展するという理屈だ。まるで現代ニッポンを見ているようではないか。しかし一般庶民におこぼれが回るのは遙か先のこととなる。そのくせ、一般国民は、税金と地代の支払いに追い立てられ、宣伝に惑わされ必要以上に高い物を買わされ、必要あればお偉方の海外利権を守るための戦争にかり出されるのだから、たまったものではない。なんだか胡散臭いシステムである。

経済学とはまことに陰鬱な学問なのでありました。

1 件のコメント:

野猫 さんのコメント...

贅沢消費の陰には、苦労する人々がいて、その人たちが世の中をかえていくから、両方必要なんですね。マリーアントワネットがいなければ、フランス革命は、もう少し後世にずれていたでしょう。

日本は、苦労しているフリして金を溜め込み円高で増やそうとして、ぜんぜん贅沢消費もしないし、あと税金でなく借金して、国民全員にお金をバラまいて、苦労しないですむようにしてきて。残っている未来は、全員、苦労するしかなくなるんですね。

ま、とりあえず、日本は、国連の中でもっとも中立な立場で公平にやっているという勘違いをやめてほしい。どこの国も中立だなんて思ってない。アジア外交なんて、大名行列におかかえ商人を連れて、バカすぎる。ちっとも、中立になっていないし、「日本政府は経済援助するけど、日本の企業に利益をまわしてね」って押し付けてるだけだし。そんなことするなら、その国の高級品を買い漁って、アメリカにでも売ればいいのに。